ラベル キハ26 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル キハ26 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年7月8日水曜日

キハ26 303・キハ26 403(Nゲージ)

 キハ26 303

1958年に5両、1960年に10両が製造された元キロハ25です。1967年から1969年にかけて全車キハ26  300番台に格下げ改造されましたが、1973年から1975年にかけて全車キユニ26、キニ26に再改造されて姿を消しました。

文字の大きいインレタが貼ってありましたので、文字サイズが改良された後のインレタに交換します。


言われなければ分からない程度の違いです。小海線運用に着く様に車番はやっぱり303にしました。所属標記やATSマークを入れ、つや消しクリア仕上げにしました。

キハ26 403
こちらもインレタを入れ直しました。1959年から1961年にかけて61両が製造され、1967年から1969年にキハ26 400番台に格下げ改造されました。

1976年から1977年に600番台に再改造されたものやキユニ26に再改造された車両もありました。

雨樋が赤いタイプですので、千葉から山形、一ノ関に転属して1983年に廃車になった403にしました。こちらもつや消しクリア仕上げです。

2024年7月28日日曜日

キハ26 118(Nゲージ)札ナホ

 ライトプリズムが改良された最新ロットです。

ナンバーは付属インレタの数字を切り継ぎしました。


所属表記はトレジャータウンのインレタです。(元々はキハ40用の様です。)

いつも通り、床下機器をグレー、台車をつや消し黒で塗装した後、エアブラシを使って錆埃色とつや消し黒を吹いておきました。現役鉄道車両らしい質感になってよい感じです。

苗穂のキハ55系は1980年10月に運用離脱しましたが、118番はキユニ26 25に改造され1984年6月まで活躍しました。

118番は複線用スノープロウです。同じ苗穂配置の4番は単線用が付いていました。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):ただいま鉄道写真スキャン中、
北海道中年(そろそろ初老?)鉄ちゃん戯れ事日記、noteー北海道 鉄道残照~失われた鉄道の遺産あれこれ、きはゆに資料室、kami-kitamiのブログ、その他




2024年6月12日水曜日

キハ26 303(Nゲージ)

 トミックス9410 キロハ25(初期急行色・バス窓)をキハ26 300番台として落成しました。


グリーン帯やドア横の1等表記をどうやって消そうかと思っていましたが、それらはユーザーがインレタを入れる仕様だったので杞憂でした。インレタにはキハ26 301~305番のナンバーも収録されています。

1等室側は最初からシートがブラウンに塗装されていますが、2等室側シートはクリーム色の成形色のままでしたので、いつも通り青15号に塗装します。

室内の写真は画像検索で見つかりませんでしたが、国鉄気動車ガイドブックの形式図を見るとやはり旧1等室と旧2等室の間には仕切り壁があります。プラ板で簡単に作りました。どうせ窓から殆ど見えないのですが、楽しい軽工作でした。

完成です。旧2等室側シートのクリーム色が窓から見えなくなって良い感じです。

いつも通り、台車・床下・屋根上を軽く塗装&ウェザリングしておきます。

キロハ25は1967~1968年にキハ26 300番台へ格下げされましたが、元1・2等合造車という特殊な構造だったせいか、1973年~1975年に全車がキユニ26やキニ26に改造されました。1・2等の仕切り壁が改造に好都合だったのでしょうか。


参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):トミーテックHP、千葉の鉄道・Now&Then、津島軽便堂写真館、レール&KQ倶楽部、SL現役の頃(など)、昭和の鉄道員ブログ、風・土・植物とレイル、鉄道写真 撮り続けて60年、その他

2024年3月4日月曜日

キハ26 242(Nゲージ)鹿シシ

 キハ26鹿シシ・シリーズ5両目、242番です。1987年1月廃車の志布志区キハ26のうち、一番最後のナンバーにしました。(「若番」というのは馴染みがある表現ですが、調べてみたら反対語は「老番(おいばん)」でした。)

前回の185番と2両セットの動力車の方です。こちらは検査出立てバージョンとして、床下モーターカバー全体を一旦つや消し黒で塗った後に機器類をねずみ色1号で塗っておきました。


2024年2月27日火曜日

キハ26 185(Nゲージ)鹿シシ

 キハ26 185です。1987年3月の大隅線・志布志線廃止に先立って、1987年1月に志布志区のキハ26が全廃されるまで生き延びた車番にしましたが、人吉から1984年2月に転入した車両でした。               

いつも通りの小加工は以下の通りです。

ボディー:シンナーを付けた綿棒を使って雨樋から正面にかけての赤帯消去/屋根:排気口回りのウェザリング/ヘッドライト:2灯式シールドビーム取り付け 口径は0.8mmに拡大。レンズは代用品だときれいに仕上がらないので省略/床下:ガイヤマルチプライマー⇒ねずみ色1号の順に塗った後、つや消し黒⇒特製錆色でウェザリング/台車:ガイヤマルチプライマー⇒つや消し黒で塗装した後、特製錆色でウェザリング/ライトケース:前部乗降ドア部分につや消し黒を筆塗り。

前面助手席下に付いていた消火器入れは省略です。      

気付いたらキハ26の一般型と400番台は床板が別設計でした。一般型の水タンクは室内のデッキ後部に搭載されていましたが、400番台の水タンクは床下設置です。温風暖房機の取り付け位置も異なります。ちなみに400番台の床板は300番台(およびキユニ26)と共用で、前後の向きを入れ替えられる様になっていました。


参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):きはゆに資料室、旅客機と国鉄車両のページ、N de 旧型国電、その他

2024年2月23日金曜日

キハ26 443(Nゲージ)鹿シシ

 すっかり40年前の志布志線・日南線・大隅線に模型でタイムトラベルしています。志布志機関区配置車の443番です。シンナーを付けた綿棒で雨樋の赤塗装を消しました。1980年時点では同車のヘッドライトは白熱灯でした。

キハ55系最新バージョンのライトケースは前方客室ドアから見える部分が目立つので、つや消しブラックを筆塗りしています。

こんな感じで目立たなくなりました。所属区表記は鹿シシがないので、475系電車用の鹿カコにしておきました。いつも通り、台車を塗装し、床下と屋根を軽くウェザリングしています。

シートパーツはキロ25時代の赤で表現されていましたが、青に塗り直しておきました。キハ26 400番台になって転換クロスシートは向かい合わせで固定されていたのだと思いますが、背もたれはそのままです。

参考にさせていただいたブログ(敬称略):続・京都生まれの気ままな遁世僧「今様つれづれ草」。、その他

2024年2月19日月曜日

キハ26 620(Nゲージ)鹿シシ

 キハ26 620です。以前に急行色から首都圏色に塗り替えていたキハ26 400番台を改番しました。⇒キハ26 400番台 首都圏色 

志布志機関区には朱色5号のキハ26が居て、おそらく1978年の塗装規定改定から1982年にかけて徐々に塗り替えられていたのだろうと思っていましたが、先日落成した11番は1984年4月の廃車まで急行色でした。どうやら他のキハ26も後年まで急行色だった様です。

そしていろいろネット上で調べてみると朱色5号だったのは600番台だけだった事が分かりました。600番台は登場時に急行色だったものの、後に一般形として朱色5号に塗り替えられたそうです。志布志区では、600番台以外は廃車まで急行色でした。ちなみに同区のキハ26は意外と長命で、200番台2両・400番台1両・600番台4両の廃車は1986年3月、100番台と200番台計3両の廃車はJR化直前の1987年1月でした。

そこで11番の連結相手として元々付けていた418番から600番台に改番する事にしました。ちなみに長崎と東唐津の600番台はオールクロスシートながらデッキ仕切りが残されていた一方、志布志区の617~621は4区画・16名分がクロスシートで残され、デッキ仕切りは撤去されていたそうです。

文字サイズが良い社外品の余剰インレタから附番し易い番号を拾ったので620番になりました。(最後の”20”だけ別のインレタなので微妙に文字が細いです。)

ATS標記も入れます。所属表記はトミックス475系付属の鹿カコを入れておきました。

貫通渡り板は朱色5号に塗ったもの(右)から、灰色のパーツ(左)に戻しておきます。

1位側乗務員ドア下にある消火器入れ(たぶん)を付けておきました。

シートパーツ改造を一瞬考えましたが、難易度が高くて、カッターで怪我をしそうな割にどうせほぼ見えないので諦めました。

参考にさせていただいたHP・ブログ・書籍(敬称略):鷲羽onX、続・京都生まれの気ままな遁世僧~「今様つれづれ草」、N de 旧型国電、旅客機と国鉄車両画像のページ、伊勢の守の鉄道博物館、きはゆに資料室、国鉄型車両ファイル、Kano鉄道局、kami-kitamiのブログ、国鉄型気動車備忘録、レイルラボphoto by 北東航さん、kamikitamiのブログ、Wikipedia、鉄道ピクトリアル、その他


2024年2月17日土曜日

キハ26 11(Nゲージ)鹿シシ

 そのうち何か軽加工をしようと思って中古で購入してあったキハ26初期型を整備しました。まずはネットの画像検索でプロトタイプ選びです。

最初は雨樋の赤ラインを生かして苗穂の4番もいいかなぁ、と思いましたが、前面助手席窓下に”4”と入れると北海道らしくて良いものの、余りに地域限定で他に流用が利きません。

1982年まで急行色のまま米子で活躍した8番が良いかなぁ、と思ったのですが、雨樋赤ライン無し・1灯式シールドビームヘッドライトは、以前整備したキハ55 25と変わらないのでやめました。

キハ55 25 長ナノ

キハ55の一段窓車と車体を振り替えるのもアリかと思いながら、ネットで「キハ26バス窓」、「キハ55バス窓」を検索していると、そのうちに九州・四国方面にはバス窓のサッシ部分が赤く塗られた車両がいた事に気付きました。これまたエリアが限定的だなぁと思いましたが、その個性的な姿に、だんだんとサッシを赤く塗ってみたい衝動?が抑えられなくなりました。

爪楊枝を使ってマスキングテープをガラスに隙間なく押し付け、赤11号を吹き付けます。サッシ印刷の上は剥がれやすそうな気がしたので、おまじないで半光沢クリアー軽く吹き付けておきました。

なかなか良い感じです。ネット上ではキハ26 11・15(志布志)、17(徳島)、キハ55 35(直方)、 43(長崎:いずれも最終配置区)の赤サッシ画像を見る事が出来ました。サッシの材質の関係かなにかで腐食や変色が激しかった等という理由でもあったのでしょう。

キハ26 11は1980年10月に長崎から志布志に転属し、最後まで急行色のまま1982年4月に廃車になりました。鹿児島工場入場車のグレー貫通渡り板を取り付けます。この部品を交換式にしたトミックス開発者のアイデアは、今更ながらですが、素晴らしいなぁ、と思いました。

参考にさせていただいたHP・ブログ・書籍(敬称略):ただいま鉄道写真スキャン中、北海道中年(そろそろ初老?)鉄ちゃん戯言日記、Terkey鉄道今昔物語、急行越前鉄の話、鷲羽on!X、鉄道車両と旅客機画像のページ、伊勢の守の鉄道博物館、Wikipedia、鉄道ピクトリアル、その他

2023年4月18日火曜日

キハ26 16・267(Nゲージ)大ヒメ

 いままでキハ55やキハ26 400番台、キユニ26は入線していましたが、キハ26は使う場面が思い浮かばずに1両もありませんでした。最近、気になっている播但線には必要不可欠な車両ですので、バス窓と一段窓を導入しました。

キハ26 267(一段窓)

トミックスの最新バージョン(と言っても半年前)です。

キハ26 267

TNカプラーが小型の最新タイプになり、床下取り付けのジャンパーホースと空気ブレーキホース吊りチェーンがついていますが、両方共、そのうち取れて無くしてしまいそうな気がするので、使いませんでした。

前位のDT22台車は排障器が一体成型された新型になっています。

付属のインレタは数字が改良されて小型になり、ATS表記と所属表記が付く様になりましたので、余った分を古い製品に使ってみました。

キハ26 16

こちらはしばらく前の中古品です。早速最新のインレタを流用してみました。

キハ26 16

70年代、福知山線や播但線で活躍していたキハ26は、オデコの赤線は前面のみで、側面の雨樋はクリーム色の車両が多かった様です。それを再現してみようと思って、雨樋の赤をユニクリーナーを付けた綿棒でこすって落とそうとしたところ、地肌の白い成形色が出て来てしまいましたので、諦めて赤を吹き直して修復しておきました。おそらく最新のロットは成形色がクリーム色なので、上手くいくと思いますが、まあ、そこまでする必要もないかなぁ、というところです。

2019年9月8日日曜日

キハ26-400番台(Nゲージ)

キハ26-400番台首都圏色です。

TOMIXのキロ25を塗り替えただけですが、すっきりと出来ました。