幌内線では1975年12月まで蒸気機関車が活躍していました。
画像検索するとD51よりも9600の方が多く見られた様です。
幌内線では1975年12月まで蒸気機関車が活躍していました。
画像検索するとD51よりも9600の方が多く見られた様です。
1982年の根室本線 釧路-根室間は急行2往復、普通6往復+区間列車の運転でした。普通のうち下り421レと上り442レの1往復は郵便車・荷物車を連結した客車列車で、上りの442レは更にコキ2両を連結した、知る人ぞ知る混合列車でした。
以前はコキ5500で代用したのですが、トミックスのコキ10000が入手出来たので、442レを再現すべく、ボディーと台車をウェザリングして引掛式尾灯を取り付けました。
コンテナーもウェザリングしてあります。特殊な空気ばね台車はウェザリングすると、まるで土偶の目の様に見えます。
テールレンズが細くてなおかつ飛び出していたので、一旦円板を外してからライターで炙って修正しておきました。
このレイアウトでは機関車+6両は最長編成です。
半分ずつ写真を撮ってみました。クーラー付&クーラー無し低屋根客車、深い屋根の旧客、そしてコンテナ貨車が楽しい組み合わせです。
レールクリーニングをしてから、しばらくの間、ただただずっとレイアウトを周回させてみました。なかなかいい感じです。実物は11:35に根室を出発し、釧路着は15:04です。東根室と昆布盛を通過する以外は途中各駅に停車して、135.4kmを約3時間半かけて走っていました。(単なる比較ですが、現代の新幹線のぞみ号だと3時間半で東京から790km先の福山辺りまで行けます。)
釧路を朝一に出発する下りのノサップ1号と折り返しの札幌行き狩勝2号、午後の下りノサップ3号と翌朝の上りノサップ2号の2往復の急行列車はキハ56だった様です。
その他の普通列車はキハ40、キハ22そしてキハ24が活躍していました。
時刻表をよく見ると、下り厚床-根室間1本、上り厚岸-釧路間2本の区間列車がありましたがどんな運用だったのかは分かりません。釧路-根室間は1991年に花咲線という愛称が付けられました。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):1980年代国鉄撮影日記、かちかちの撮り鉄ブログ、てんぽく(2K)onX、思い出鉄道探検団、只今鉄道写真スキャン中、田中正恭の汽車旅日記、「はまぶさ」に集まる仲間たち、RIBERO'S PHOTO GALLARY、極東混合列車-川の流れのように、backward on X、しなのさかいの駅前広場、鉄のガラクタ箱、Wikipedia、その他
有名な根室本線の混合列車です。旋回窓のDD51も北海道型のスハ45・スハフ44もないので、あくまで雰囲気だけです。
ちなみにこのタイプの国鉄型コンテナ帯色の違いは、妻1か所開きのオリジナルタイプが白、それに吊り金具を設置したタイプが水色、2方開きのタイプが赤という事を今回調べて初めて知りました。
5個積みコンテナ車にはコンテナ1個から5個まで前後対称に積載出来ますが、4個積みコンテナ車に3個積む場合には、ちょっと前後バランスが悪くなります。
当時の貴重な資料は、てんぽく2k様のtwitterや「はなぶさ」に集まる仲間たち様のブログを始め沢山拝見する事が出来ますが、しなのさかいの駅前広場様の記事には客車と貨車の運用が書かれていました。マニとオユは根室から墨田川へ、コキは東京市場まで走っていたそうです。
気動車が貨車を牽く、宮之城線の混合列車を再現してみました。
”日本国有鉄道のころ”様のHPにて、川内駅に到着した西鹿児島からの宮之城線直通列車の後部に、貨車移動機を使って2軸貨車を連結させる貴重な画像を拝見する事が出来ました。
当時、貨物扱いが残っていたのは宮之城駅だけでしたが、川内方だけでなく、薩摩大口方にも走っていたのでしょうか。
トミックスのキハ58等に付属していたアーノルドカプラーアダプターは、使わないので殆ど捨てていたのですが、僅かに残っていたものが貨車連結に役立ちました。
首都圏色です。”昭和の記憶と復活蒸気”様HPでは貨物扱いが廃止になった1980年に宮之城駅で撮影された画像を拝見する事が出来ます。
鉄道ピクトリアル只見線特集号を見ながら1970年頃の小出口の列車を再現してみました。大白川には砕石とウッドチップの積み込み側線があり、混合列車では珍しい気がするホキ800やリム300と、黄緑色のケージに特徴があるトラ90000が良く連結されていた様です。
DD13は同号で全通直前にオヤ31を牽く姿が見られた617号機にしました。
そして2007年、DD15牽引の臨時列車、快速うおぬま号が走りました。
相当マニアックなリバイバル列車でした。模型ではDD13で代走です。
1984年3月末で廃止になった日中線の混合列車です。
廃止数か月前の1983年10月末までは、喜多方-会津加納間で貨物輸送が行われていました。
日中線というとオハフ61の印象が強いのですが、スハ32やオハ35も使われていた様です。
熱塩駅で折り返し、会津加納駅で貨車を切り離してきたところです。
五能線風混合列車です。(閲覧履歴ゼロだったので再編集しました。)
五能線っぽくキハ11も登場させました。(100番台ではありませんが。)