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2022年11月16日水曜日

キハE130-100番台(Nゲージ)

 マイクロエース製品です。千葉県内唯一のJR非電化路線、久留里線で活躍する、JR最後の液体式ディーゼルカーキハE130 100番台を導入しました。

モーターカバーにも屋根裏にも矢印等の刻印がないのですが、床板はどちら方向にも嵌める事が出来ます。TNカプラーに交換した際に、どちらが正しい方向か分からなくなってしまいました。実物画像で再確認したところ、側面右端に小窓があって、屋根上のクーラーが右側にずれている側の床下中央にラジエーターがあるのが、正しい方向です。

インターネットで見た整備記事を見習って、コピックの0.02mmペンで戸当たりゴムに黒を入れました。

2両x2セット導入し、T車1両は3両編成用に両側共、TNカブラー密連形電連1段タイプに交換してあります。いろいろな編成を同時に楽しめる様に危うく2両x3セット導入してしまうところでしたが、思いとどまりました。

TNカプラーが足りなくなったので、ひとまずM車1両は単行用として両側ダミーカプラーにしてあります。

車番変更は、特に正面運転席下部のナンバー変更が相当難しそうなので、止めておきました。


2022年8月30日火曜日

1975年 久留里線(Nゲージ)

 1975年頃の久留里線のイメージです。

当時、内房線普通列車には、113系電車に混じって本来は通勤型の72系電車が活躍していました。

久留里線では専らキハ35が活躍していました。

しかしなぜか、そのキハ35に混じって総勢3両だけのキハ60が久留里線で活躍しており、おかひめの鉄道記録様、ヤスのひとりごと様、おーじーうえもんの鉄道散歩様、カメラ修理屋の気まぐれBLOG様等、様々なHPで貴重な写真を拝見する事が出来ます。

模型はキハ26ー400番台で代用していますが、新姉崎機関区様のBLOGではなぜかキハ60-101でなく、キハ26-400番台が木更津の機関庫の前に停まっている写真がありました。


1975年3月に北総電化で千葉気動車区が廃止になり、千葉気動車区木更津支区は佐倉機関区木更津支区になりました。その際に木原線用のディーゼルカーも木更津配置になり、検査時には常駐する勝浦運転区から安房鴨川経由で回送されていたそうです。きはゆに資料室を見ると、キハ17は木更津に1980年まで配置されていましたが、おそらく木原線用だったのではないかと思います。

貨物列車は1974年に久留里-上総亀山間が廃止、残りの木更津-久留里間も1976年に廃止されたそうです。残念ながら画像検索ではその姿を見つける事が出来ませんでした。きっとこんな感じだったのかなぁ、という短編成の貨物列車です。