ラベル 池北線 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 池北線 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年4月22日月曜日

1972年 池北線(Nゲージ)貨物列車・キハ12

 9600牽引の池北線貨物列車です。


貨物列車にスユニが1両繋がれて郵便荷物輸送を行っていた様です。

キハ12です。

単行気動車独特のジョイント音を刻みながら走り去ってゆきます。


窓配置が微妙に異なる湧別鉄道キハ49200Yが以前ありましたが、鉄コレで是非、キハ21とキハユニ25が出るとよいなぁと思っています。シークレットはキハユニ25 7 でしょうか。

貨物がない時はこんな短い列車もありました。

池北線では9600とC58の両方が使われていたそうです。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):ふるさと銀河線りくべつ鉄道公式ホームページ、遥かなる汽笛清須クジラの鉄道写真ギャラリー、世界の蒸気機関車、おかひめの鉄道記録、転轍器、月影’sホームページ、note熊鉄、Wikipedia、その他

2023年12月20日水曜日

1979年 池北線(Nゲージ)貨物列車・ディーゼルカー

 ネットで貴重な写真を見た、レム5000を5両連ねた池北線貨物列車のコピーです。

玉ねぎ輸送あるいはその空車返送だったかも知れないと書かれていました。

こちらの編成は以前にも登場させましたが、ネット上で見た列車のコピーです。そこに連結されていたキユニ26 23は、1958年製のキハ26 1を登場後21年経った1979年に改造した車両でした。当時の国鉄の状況からやむを得なかったのでしょう。ちなみに写真のトミックス塗り替え品(300番台改造)とは一部形態が異なっていた様です。

こちらの乗換駅構内の架線柱は撤去、あるいは着脱式にしようかと思います。

こちらはキハ22 2両編成の急行池北です。いわゆる遜色急行というやつです。

1980年10月に急行池北は廃止されます。1977~78年からの数年間、池田機関区にキハ56と27が数両配置されていたので、もしかしたら廃止直前には急行型気動車が使われていたかもしれません。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):湘南陽光電しゃ館鉄道館、ただいま鉄道写真スキャン中、田中正恭の汽車旅日記、きはゆに資料室、その他

2023年8月30日水曜日

1979年 池北線(Nゲージ)


 時刻表を見ると、当時の池北線の列車本数は池田-陸別(りくべつ)間で9往復、中間の陸別-置戸(おけと)間は5往復、置戸-北見間は再び本数が増えて10往復と訓子府(くんねっぷ)-北見間の区間列車が1.5往復ありました。

上記の本数にはキハ22を使用して全線を1往復運転されていた急行池北を含んでいます。1980年9月末に急行が廃止された際、池田-陸別と置戸-北見はその分1往復ずつ減りましたが、中間分の5往復は維持されていました。


ネットで検索すると国鉄時代の池北線は意外に資料が少ないのですが、キハ22と共に、池田区のキハ12が1979年から1980年にかけて廃車になるまで活躍していました。

貨物列車は1984年に廃止されましたが、一般の貨車やチップ積みトラの他にレムを連ねた列車も走っていた様です。

キユニ26が連結されている画像を拝見しました。北見に配置されていた車両です。これらは改造からわずか4~7年後の1984年に廃車になりました。改造種車の車齢が元々高く、最初から長く使うつもりはなかったのかも知れません。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):只今鉄道写真スキャン中、「はなぶさ」に集まる仲間たち、田中正恭の汽車旅日記、湘南陽光電しゃ館・鉄道館、ぶんたの鉄道写真小屋、その他