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2023年1月1日日曜日

1975年 肥薩線(Nゲージ)

人吉区配置のキハユニ15 2が活躍していた肥薩線です。特急・急行・普通列車の他に混合列車や貨物列車とバラエティーに富んだ列車が走る路線でした。

肥薩線と言えば矢岳越えの勾配路線として有名ですが、昔の写真を見るとキハ16・17、キハ20といった非力な1エンジン車だけの編成を良く見かけます。

調べてみると、当時の肥薩線普通列車は八代-人吉間、人吉ー吉松間、吉松-隼人間で運転系統が分けられていました。八代ー人吉間は勾配が緩く、1エンジン車のみで大丈夫だった様です。人吉から湯前線に直通する列車も多く走っていました。

この区間は気動車列車が中心ですが、日中に1往復だけ客車列車が走っていたのは、人吉-吉松間に使用する客車の車両交換用だったのではないかと思います。

キハユニ15 2は、1952年に登場した電気式気動車キハ44000(キハ09)試作車を1958年に液体式の郵便荷物合造車に改造した車両ですが、1975年に廃車になっています。

人吉区の郵便荷物合造車はもう1両、キハユニ26が配置されていましたが、こちらは1984年まで活躍しました。


人吉-吉松間の矢岳越え勾配区間にはDD51牽引の客車列車と混合列車が運転されていました。客車列車は1980年10月にDC化されて姿を消しています。

ちょっと編成が短いし、グリーン車の帯もありませんが、急行えびのです。

元々は熊本-西鹿児島間を肥薩線経由で走っていた急行列車ですが、1975年3月から急行えびのは熊本-宮崎間の列車になり、西鹿児島に向かう列車は急行やたけに改称されました。その後、やたけは1978年に快速に格下げされています。この辺りARC史料館様のHPに詳しく解説されていますが、なかなか複雑です。

1974年に登場した特急おおよどは肥薩線・吉都線経由で博多-宮崎間を1往復していましたが、1980年に廃止となりました。

そして吉松-隼人間です。気動車列車の他に西鹿児島直通の客車列車が2往復運行されていました。


栗野から吉松に乗り入れる山野線の貨物列車はDD16牽引でした。元々活躍していたC56が全検切れとなり、一時的にC12が使われた後、1974年12月にDD16に置き換えられたそうです。この辺り、Remember the DD16様にHPに詳しく解説されていました。


2022年12月24日土曜日

キハユニ15 2(Nゲージ)整備

 鉄コレ キハユニ15 2を整備しました。側窓が一段窓のキハユニ15は1から4までの4両だけですが、加古川の3は正面窓の小型化改造、岡山の1と山形の4は正面貫通化改造を受けたそうです。

荷物室と郵便室の仕切り壁を灰緑色に塗りました。まあ、雰囲気だけのちょっと楽しい塗り替え工作です。

ところで鉄コレキハユニ15は、ホイールベースがやや長いDT18をきちんと再現しているのはすごいのですが、カーブで台車外側のブレーキシューが蓄電池箱に当たってしまいます。

なので、部品の取り付け爪を削って、蓄電池箱から温気暖房機までのパーツを左側に約1mm移動する事にしました。

念の為、蓄電池箱右端は斜めに削っておきました。

仕上げに架線注意札を貼っておきました。

後部妻面はきっとこの辺りかなぁという場所に貼りました。

同じウインドウシルヘッダー付一段窓車体だからといってキハ08 3と連結してみたところ、これが意外と似合います。そのうち、動力付きのキサハ45?を増備して、3両編成で走らせてみたい気がします。


2021年4月21日水曜日

1978年 肥薩線(Nゲージ)混合列車・ディーゼルカー

 昔の鉄道誌のスクラップブックを見ながら、肥薩線の雰囲気を楽しんでみました。

客車がオハユニ61 1両だけの混合列車です。

混852列車

インターネットの画像検索で沢山の貴重な写真を拝見する事が出来ました。

文字通り、模型の様な楽しい編成です。

こちらの急行列車はキハ65を2両連結してみました。

えびの2号

こちらはDD51重連が牽くたった2両の客車列車です。

重連で客車1両を牽く写真もありました。
853レ
キハ52単行です。

DD16回送の為のこんな重連もあった様です。

矢岳越えをするDL列車がなくなった後も時折、鹿児島や宮崎のDD16が牽くバラスト散布列車が走っていたそうです。