中古で入手した砂丘色キロハボディ塗り替えの国鉄色キロハです。
飛勢線(Nゲージ・レイアウト)
非電化ローカル線を中心にしたレイアウトです。名前と違って地を這うペースで工作しています。
2026年5月11日月曜日
キロハ28 104(Nゲージ)
2026年5月10日日曜日
1980年代前半 高山本線(Nゲージ)
高山本線普通列車です。キハ48は1979年7月から美濃太田で活躍を始めました。
キハ55は徐々に首都圏色に塗り替えられ、1984年2月までに廃車になります。
キハ55の後継はキハ58でした。
写真を見るとキハ58はクーラー付きの車両が多かった様ですが、キハ48との運用は電源が無くて冷房は使用出来なかったのでしょう。
ひさしぶりにキハ8200北アルプスを出してきました。
台車と床下を塗装しておいた甲斐がありました。なかなか良い感じです。
参考にさせていただいたHP・ブログその他(敬称略): 津島軽便堂写真館、まっさん。onX、akaの鉄道最新撮影&秘蔵記録、Wikipedia、きはゆに資料室、その他
2026年5月5日火曜日
キハ28 2460+キハ58 729(Nゲージ)名ミオ
ずっとTOMIXキハ58の一回りデカいインレタを入れ直す作業を進めています。資料を元に名古屋と山陰に居た車番を中心に整備していますが、雰囲気だけの大雑把な、なんちゃって加工です。もしかしたら以前の記事とダブっているかもしれません。
キハ58ボディーを改造してキハ28の給水口が車体中央寄りに変更された姿に改造しました。キハ28 398(2398)以降が該当します。
キハ58後位側の給水口をプラランナーを使って埋めます。
屋根上水タンク取り付け穴は厚めのプラバンを削ってはめ込みました。
瞬間接着剤+サフェーサーを塗った後にサンドペーパーで平滑に均し、出来るだけ似た色に調色したクリーム色4号を吹き付けます。
その後に赤11号を吹き付けました。
写真を撮ると微妙に塗り分け線がズレていますが、肉眼では問題ありません。
屋根はクーラーとベンチレーターを取り外してから塗り直します。
車番はキハ28 2460にしました。
FRP製水タンクの床下を組み合わせます。
もう1両のこちらはキハ58 729です。基本的には床下塗り分けとインレタ入れ直しです。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):きはゆに資料室、AGUI NET、神のホームページ、その他
2026年5月4日月曜日
1981年 関西本線(Nゲージ)荷物列車
DE10とDD51が重連で牽引していた関西本線の荷物列車です。
百済-熱田間で運転されていた様です。沢山の画像をネット上で拝見する事が出来ます。荷は重くなかったでしょうから重連は回送の都合かも知れません。DE10単機牽引の画像もありました。
編成はマニ2~4両とスユニ1両でした。途中、奈良や亀山で併解結があった様です。
ちょっとだけ亀山機関区の雰囲気です。
加太越えには25‰の勾配がありましたが、普通DC列車は基本1エンジン車だけで編成されていました。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):昭和の鉄道員ブログ、昭和の鉄道風景【かっちゃんの独り言】、akaの鉄道最新撮影&秘蔵記録、N de 旧形国電、ぶんたの鉄道写真小屋、TANIの鉄道写真の回顧録、北へ南へ東へ西へ、その他
2026年5月3日日曜日
マニ36 2140(Nゲージ)
マニ36を増備しました。
手頃なジャンク品だと思って購入したのですが、後から気づいたらTNカプラーに交換されています...。旧型客車はアーノルドカプラーを標準仕様にしているので、新たにTR23を購入する破目になりました。
バラシて塗装します。台車とインレタで結局、いろいろ出費してしまいました。
奥のマニ36の屋根は鉄道ジャーナル誌の宗谷本線列車追跡シリーズを見て塗ったのですが、今回いろいろ検索してみると、どうやら塗り屋根に変更してキャンバス押さえを撤去した車両が該当する様です...。
旧客は形態もコストパフォーマンスもKATOの方が一枚上手な気がしますが、荷物車はグリーンの保護棒が印刷されたTOMIXの方が好みです。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):里山工房、Those were The days、一睡の夢、YASUZIROのきままに撮影、J鉄局の鉄道ブログ、おさようonX、模型工房アトリエピクタ、その他多数
2026年4月30日木曜日
キハ08 2・キハ08 3(Nゲージ)
鉄コレ キハ08×2両セットです。
幌は黒く塗ってから取り付けました。
TNカプラー0374を取り付けて床下機器と台車を軽く塗装しておきました。車輪は手持ちのものを使用し、1mm厚鉛板をウエイトにしましたが、シートパーツ裏のリブを切り落とす必要がありました。
台車マウントになっている単線形スノープロウはTNカプラーに上端が当たるので切り詰めておきます。複線形はそのままで問題ありません。
キハ08とキハ22の車体断面は結構違うのですが、サイドビューは意外とマッチしています。
キハ08 2と3は1962年の製造から1971年の廃車まで釧路に配置されていました。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):DRFC-OB デジタル青信号、きはゆに資料室、その他
2026年4月27日月曜日
キハ37 1(Nゲージ)後藤総合車両所
1999年加古川線での運用終了前後に朱色5号に塗装変更され、後藤総合車両所に転属したJR西日本のキハ37です。
マイクロエースキハ23の相方ですが、加古川色シリーズを展開する予定はないので、朱色5号に塗り替える事にしました。
塗装剥離します。マイクロエースの塗装はIPA(水抜き剤)で落とす事が出来ます。白線は割と丈夫で帯状に剥がれたのでカスが残らない様に気を付けました。
最初に朱色5号を塗ってからマスキングし、次に屋根を塗装します。
この時点で排気管周りのウェザリングも済ませておきました。
後から若干タッチアップしましたが、まずまずきれいに塗れました。
ヘッドライトケースを銀色に塗る際に角のRはどうしようかと思いましたが、そこまで細かくマスキング出来ません。四角く塗るのがやっとでした。
JRアンテナを取り付け、Hゴムはマーカーで黒く塗り、行先表示幕は鳳車両製造の「米子-境港」シールを裏からセロテープで貼っておきました。
禁煙車インレタはトミックスのキハ23富山色のものを使用しましたが、
3位側の1枚は失敗してしまいました。代用のシールを貼ってあります。
完成です。キハ58平窓車を思わせる前面窓が良い感じです。
実物は2003年10月に運用を外れてから、2009年1月に廃車されるまで保留車だった様です。ネットで検索すると能登路色キハ58との組み合わせ写真がありましたが、投稿は既に削除されている様です。
基本はキハ37 1と1001の組み合わせでしたが、検査時にはキハ58やキハ47との組み合わせがあった様です。
0番台・1000番台合わせて僅か5両しか製造されなかったキハ37です。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):Wikipedia、きはゆに資料室、裏辺研究所、非電化計画onX、その他