2026年9月9日水曜日

ヨ5011(Nゲージ)黄緑6号

 トミックス製品です。ウェザリングしたら、とても良くなりました。再生産があるかどうか分かりませんが、入手出来たらウェザリングする事をお勧めします。

元々コンテナ列車用でしたが、ネット等で東海道線の他に播但線、水戸や西会津や寄居での姿が見られました。一般車と区別なく運用されていた様です。


分解・ウェザリングの記事はこちらです。⇒ヨ5011(Nゲージ)黄緑6号 整備

2026年9月8日火曜日

ヨ13781・ヨ13785(Nゲージ)

 KATOのヨ5000は、ヨ3500形の2段リンク化改造タイプです。2両在籍しています。意外にも国鉄民営化の際には5両がJR東日本に継承されたそうです。

ヨ13781

KATO製品を改番し、ウェザリング後につや消しクリア仕上げしてあります。

シンナーの付いた指で触ってしまったのか、なぜか屋根がムラになっていました。

マスキングしてつや消しクリアを塗っておきます。

あまりきれいになりませんでしたが、まあ実物もこんなもんでしょうか。ボディーは結構良い質感になったと思っています。

⇒ヨ13781ウェザリング

ヨ13785

KATO製品そのままです。製品のヨ13185は1987年に福知山から大井川鐡道に回送され、日本ナショナルトラスト所有で保存。その後、2016年に日本ナショナルトラストから東武鉄道に寄贈されました。(この事は5年前のヨ13781の記事で触れられていましたが、100%頭から抜けていました。)

大井川鐡道にいた頃にはボロボロでしたが、東武鉄道が費用を出してジェイアール貨物・北陸ロジスティクスできれいに修復。産業文化遺産として東武博物館が所有し、車籍はないものの南栗橋工場で保管されているそうです。

参考にさせていただいたHP(敬称略):Wikipedia、Netrain Plus、note第一場内、facebook大井川鐡道、その他

2026年9月7日月曜日

ヨ4642(Nゲージ)

ヨ3500形、ヨ4642を補修しました。ストーブ煙突は屋根から浮かせる為、ワフ22000に下回りを供出して廃車になったワフ29500のものを取り付けていたのですが、気付いたら外れて無くなっていました。

 仕方がないので、セキ8000の黒いプラランナーを使って自作しました。つや消し黒に塗っておきます。

形はいまひとつでちょっと大きかった感じですが、雰囲気は出ているでしょうか。実物は北海道の別海町で保存されています。

⇒ヨ4642 以前の姿

2026年9月6日日曜日

車掌車・有蓋緩急車(Nゲージ)棚卸・整備

 少しづつ買い集めた車掌車が随分増えたので、棚卸を兼ねて整備を行う事にしました。どちらかと言うと製品そのままのものより、何か手を加えてあるものの方が多くなっています。

車掌車、緩急車の連結は、1985年3月ダイヤ改正で廃止されました。初めて円形の反射板を見た時は随分安っぽいなと思いましたが、今では当たり前の姿になっています。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):Wikipedia、旅メモ~旅について思うがままに考える~、昭和の鉄道員ブログ、その他

2026年9月4日金曜日

セキ8061・8083(Nゲージ)その③ 完成

 架線注意札はトレジャータウンのTTL807-41、それ以外はレボリューションファクトリーの5868 セキ8000 インレタ 2 北海道を使用しました。車番以外の細かい標記類まで収録されています。

セキ8061

その中に謎の白い□マークがありましたが、何のマークか分かりません。Wikipediaの1989年岩見沢でのセキ8000の写真を見ると側面車標差しの左側にそのマークが付いているのを発見し、それに倣って貼っておきました。Wikipediaの1988年岩見沢でのセキ3000の写真にも□マークが付いているのですが、それ以外の画像検索では見つけられませんでした。

セキ8083

8061の方は全体にうっすらと錆色を吹いておきます。2両共、つや消しクリアで仕上げました。

完成しました。元々アーノルドカプラー仕様なのでさほど気になりませんが、連結面の間隔は実物の4~5倍あります...。


自分が本物を見た事がある石炭ホッパ車はホキ10000だけですが、EF65が黒いホッパ車を連ねて走る姿はとても恰好良く見えました。きっと北海道の運炭列車はもっと魅力的だったんだろうなと思います。

2026年9月3日木曜日

セキ8061・8083(Nゲージ)その②

 ボディーの組み立てが終わりました。

KATOセキ3000の積荷はセキ8000には幅が広く填まりません。長さも少し短くなっています。

以前、石炭台に使った石炭を使用しようと思いましたが、粒子が細かく、KATOのセキ3000の石炭表現と合いません。

セキ3000の積荷の幅を詰める事にしました。平面でないのでカッターでは上手く切れなさそうです。ニッパーで左右を切ってから#60の耐水ペーパーで削りました。

大体良い感じになりましたが、長さが僅かに足りません。

切り落とした切れ端を接着しておきました。完全に乾いてからもう少し整形する予定です。

当たり前ですが、これならセキ3000と連結して違和感はありません。


2026年9月1日火曜日

セキ8061・8083(Nゲージ)その①

 石炭貨車はセキ3000×12両+セキ6000×1両で増備終了と思っていたのですが、どうしても気になって、モデルアイコン製のセキ8000×2両キットを追加増備しました。

セキ8000は余剰になっていたク5000の台車を利用して1981年から1983年にかけて155両が製造されています。北海道の石炭輸送は1989年に終了しましたが、最後は宇部線の石灰石輸送に1998年3月まで使用されたそうです。

キット付属の組み立て式台車は自分には難易度が高すぎて、まともに走りそうにないので、KATOのワキ5000用TR63を使用しました。

オーバーハングがワキ5000より短いセキ8000に使用するので、台車マウントのアーノルドカプラーでは連結面がセキ3000よりも更に広がってしまいますが、ひとまずこのまま行く事にします。


ホッパーの裏側に鉛板を取り付けてから、

床板を接着します。

ブレーキハンドル(大)と石炭取り出し口開閉ハンドル(小)・開閉ギヤカバー(左下部)を接着しました。

KATOのTR63は両抱き式ブレーキ(右)ですが、実物は片押し式に変更されています。外側のブレーキシューを切り取って、台車側梁は少し切り詰めておきました(左)。

まずまず良い感じです。走行はまず問題なさそうです。

下の方に付いている両抱き式ブレーキのロッドも切り落としておきました(左)。

やはり連結面間隔が広すぎるのが気になりますが、走らせてしまえばさほど問題ないでしょう。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):鶴君の機関車観?(館?)、YouTubeしろかも/shirokamo、キラワケブログR、鉄道CAD製作所、Wikipedia、その他

2026年8月31日月曜日

JR東日本 キハ52 137(Nゲージ)国鉄一般色

 キハ52 137です。架線注意札をトレジャータウンのインレタを使って入れ直しました。


新潟色のキハ52 123に2段窓パーツを供出したキハ52M車の動力を組み込んでおきます。

検査標記も入れておきました。

サボシールも貼っておきました。

ところがここで大失態をしでかしました。ボディーにシンナーをたらしてしまいました。何とか修復しましたが、塗り直したクリーム色の色調が違っていて、グラデーションになってしまいました。


1日おいてからマスキングし直して修復しました。

2026年8月30日日曜日

2009年 米坂線(Nゲージ)

 米坂線の国鉄型気動車引退は2009年3月でした。

新津のキハ47撤退よりも11年早い引退です。

編成中に必ず1両連結していた2エンジン車、キハ52やキハ58の老朽化が理由だった様です。

今でもネット上で見る事が出来る貴重な記録の数々を拝見し、当時の風景を思い浮かべながら模型を走らせてみます。

詳細は調べてもすぐに忘れちゃいますが、国鉄型気動車の活躍する光景はいつまでも記憶に残っています。


新津のキハ58が模型化されないかとずっと思っていましたが、よく考えてみれば、車体から床下まで金型の大幅改修が必要なのでちょっと難しいのでしょう。


2026年8月27日木曜日

ホーム延長工事(Nゲージ)

 主要駅の1番線ホームを1両分延長する事にしました。ちょっと手摺が太すぎましたが、そのままにしています。

最後に柱をニッパーで切り詰めて高さを調整しました。置いてあるだけで接着していないので、いつでも撤去可能です。

特急いなほ6両編成が停車出来る様になりました。


2026年8月26日水曜日

EF510-23(Nゲージ)

 EF510-23です。トミックス 7164 EF510-0番台増備型です。

新潟エリアのキハ47や485系電車との共演用に配備しました。実際に信越本線や北陸本線で見た際には旧北斗星牽引機の青が多かった気がしますし、銀のワイルドな姿もなかなか魅力的ですが、1両しか導入予定がないので、レイアウトで引き立つ正統派?の赤にしました。

屋根の碍子に緑を入れました。パンタグラフはシルバーに塗装します。高圧配管の一部やパンタの摺り板にクリアオレンジを入れると良い様ですが、今回は見送りました。

屋根板はギラギラした銀色がちょっと気になるので、ねずみ色1号とシルバーを混ぜた塗料で塗り直しています。

信号炎管は先端部に銀を入れました。更に上端には黒を入れましたが、ちょっといまいちの様です。

そのうち碍子は手直ししようと思います。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):日常と、鉄道模型の部屋、西多摩車輌工場業務日誌、その他