10年以上前からある黄色とオレンジのトミックス・フォークリフト(2台)セットを黄色1色に塗装しました。トミックスHPを見ると1987年から販売されているロングセラーで、色のバリエーションは何通りかある様です。
分解時に片方のフォークを折ってしまいましたので、接着し直しておきました。
最後につや消しクリアを吹き付けておきました。
以前に塗り替えてあったもう1台(左)と並べてみました。
非電化ローカル線を中心にしたレイアウトです。名前と違って地を這うペースで工作しています。
10年以上前からある黄色とオレンジのトミックス・フォークリフト(2台)セットを黄色1色に塗装しました。トミックスHPを見ると1987年から販売されているロングセラーで、色のバリエーションは何通りかある様です。
分解時に片方のフォークを折ってしまいましたので、接着し直しておきました。
最後につや消しクリアを吹き付けておきました。
以前に塗り替えてあったもう1台(左)と並べてみました。
1989年の木次線です。ほんのちょっとだけ備後落合駅の雰囲気です。
木次線では1966年に木次機関区へ新製配置されたキハ52の138~140の3両と1967年に千葉から米子に転属して来たキハ53の6~7、簡易荷物車のキハ52 601と602が長く活躍していました。
1983年に事故廃車になったキハ53 6の補充として盛岡からキハ52 128が盛岡から米子に転属して来ましたが、その前年の1982年まで小牛田で急行いなわしろに使用される為に国鉄一般色のままだった同車が1999年に廃車されるまで後藤工場がその塗色を維持していたのは有名な話です。クリーム色4号はキハ58で使われていましたが、朱色4号はわざわざ128の為に用意したのでしょう。
当時、備後落合-出雲横田間はキハ52またがキハ53単行でしたが、出雲横田-宍道間では増結用にキハ40が使用されていた様です。
1967年の改造から長く活躍していたキハ52 601(元4)とキハ52 602(元7)はエンジンが縦型DMH17だった為か比較的早く1984年に廃車される事になり、その代替としてキハ53 1と2が七尾から米子に転属してきました。
朱色5号と国鉄一般色の組み合わせがとても魅力的です。ちなみに木次線から蒸気機関車が引退したのは1969年、キハ07が引退したのは1970年でしたが、細かい事はいまひとつ良く分かりません。
陰陽連絡急行として1966年から活躍し、グリーン車連結や夜行列車も運転されていた急行ちどりは最後は2両編成でした。1990年には木次線から撤退して広島-備後落合間の芸備線線内運転になります。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):線路は続く、国鉄色祭り、あばさんonX、入間郡onX、きはゆに資料室、Red'sPrincess Journy、その他多数
キハ53 7です。
インレタを入れて半光沢クリア仕上げしました。写真ではよくわからないと思いますが、後位側の検査標記が上下逆さまになっていました。
毎度毎度同じ事をしていますが、モーターカバーをつや消し黒とねずみ色1号で塗り分けます。
今回は排気煤汚れもウェザリングもなしで全検出場直後仕様です。
木次線シリーズが3両揃いました。
KATOキハ52首都圏色M車を整備しました。
128番と共に木次線で活躍した140番にします。
ところがなんと、仕上げ後に2ー3回下回りを組み込み直しているうちに車体下部が欠け、割れ目がだんだん広がり窓まで達してしまいました。インレタ保護にMR.カラーのつや消しクリアで塗装したのがいけなかった様です。
中古のT車が販売されていたので、入手しました。KATOのキハ52国鉄一般色をキハ52 128JR仕様として整備しました。
子供の頃の16番模型から20年以上のブランクを経て、初めて購入したNゲージがこのKATOキハ52M車とTOMIXキハ58T車の2両でした。当時あったグリーンマックス田端店にたまたま立ち寄ったところ、昔のキハ20や103系電車とはまったく違う細密なディテールの車両を見て衝動買いしました。
この車両がその時のものか、後から買い足したものか分かりませんが、かなり古い車両です。一体成型のベンチレーターや連結器周りのディテールがその後登場したTOMIX製品にやや劣るものの、ヘッドライト周りの塗り分け線に合わせた屋根の造形はなかなかのアイデアでした。
ヘッドライトは銀河モデルの1灯式と2灯式のシールドビームに交換してあります。TNカプラーは首が振りっぱなしになる古いタイプだったので、スプリング式の復元ばねがついた最近のものに交換しました。
車番は126にしていたので、128に改番しました。JRアンテナを取り付けます。
後位側の幌を黒く塗り、助手席窓上に目立つ大きめな架線注意札を貼っておきました。
津山色のキハ53です。トミックス製品を塗り替えようと思っていたのですが、マイクロエースの中古のM車が単品で売られていたので、そちらを入手する事にしました。
マイクロエース製品はユニットサッシ枠が結構厚めの表現になっていますが、肉眼ではさほど気になりません。
前面の幌台座も結構ゴツめの造形ですが、全体の塗装はとてもきれいです。写真では分かり辛いですが、乗務員扉窓下部が塞がれているのが塗装で表現されています。列車種別幕を白、エンジン下部をつや消し黒で塗っておきました。
非電化時代の舞鶴線です。
キハ47福知山色とキハ58急行色ワンマン車(パノラミック車)が活躍していました。
キハ47とキハ58の組み合わせもあった様です。
舞鶴線はそれほどの勾配はなかった様でキハ47×2両編成で走っていましたが、キハ58はキハ28とのコンビで運用されていました。
福知山駅の雰囲気を狙ってみましたが。規模感が全然違いました。
小浜線の気動車も福知山駅まで乗り入れていた様です。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):鉄旅と寺社めぐり写真紀行、みいちゃんず(鉄道部)、空の下、レールの上を人生と共に(JNR Forever)、その他多数