根室本線442レです。3年半ぶりに走らせます。
飛勢線(Nゲージ・レイアウト)
非電化ローカル線を中心にしたレイアウトです。名前と違って地を這うペースで工作しています。
2026年6月3日水曜日
1983年 根室本線(Nゲージ)442レ・急行ノサップ
2026年6月1日月曜日
1982年 標津線(Nゲージ)
標茶駅から標津線に乗り換えます。
キハ22単行です。
中標津からはコンテナ貨車を2両連結した貨物列車が見られました。蒸機時代からよく見かけますので、定期的にコンテナ出荷される貨物があった様です。
2両編成の気動車も見られました。
時々、貨物列車にホキ2200が1両、連結されていました。計根別駅の側線にホキ2200が停まっている画像を拝見する事が出来ます。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):
なめくじ会写真館汽車電車、note雨男、ローカル線の回顧録、「はなぶさ」に集まる仲間たち、1982年北海道旅行で夜行19泊!、鉄のガラクタ箱、てんぽく(2K)onX、ローカル線の回顧録、きはゆに資料室、その他
2026年5月29日金曜日
1980年 釧網本線(Nゲージ)
1981年の釧網本線です。客車は4両編成の釧路寄りにスユニが連結が連結されるのが標準だった様です。
DE10はボンネットの長い方が釧路寄りなので、写真の列車は網走行きです。
素人考えで客車列車にタンク車を連結するのはおっかない気もしますが、安全基準はクリアしていたのだと思います。
レイアウトの都合で貨車はあまり繋いでいませんが、2軸車を7-8両繋いでいる画像もありました。
全線通しての急行はしれとこ2往復、大雪1往復でしたが、キハ22も結構使われていました。
根室本線の東鹿越から中斜里への石灰石輸送です。
ちょっとよく見えないのですが、トキの間にワラ(ワム)が挟まっている様に見える列車がありました。
ヨが中間に挟まっている、こんな楽しい編成もありました。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):遠い絵模様、少し昔の+最近の北海道の鉄道、鉄道青年asamamokei2017onX、Rail・Artブログ、1982年北海道旅行の夜行19泊!、国鉄からJRに変わったころ、マル鉄鉄道写真館2、てんぽく(2K)onX、"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃、みすず刈る信濃の撮ってお記、湘南陽光電しゃ館鉄道館、津島軽便堂写真館、ただいま鉄道写真スキャン中、昭和50年代釧路の鉄道少年、GANREFmikabu、鷲羽onX、その他
2026年5月27日水曜日
1974年 湧網線(Nゲージ)貨物列車・ディーゼルカー
久しぶりに湧網線の貨物列車です。
テールライトの点くワムフ100が良い感じです。
2026年5月25日月曜日
1980年 名寄本線(Nゲージ)
名寄本線です。1984年2月の荷物輸送廃止までキユニ26が活躍しました。
でも列車本数を見ると、本線とはいえ、やはりローカル線だったのでしょう。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):NHKアーカイブス、今日も まっ晴れ! 鉄道回顧録、ただいま鉄道写真スキャン中、PIXTA、波浪規定の部屋、~ 懐かしき想い出 ~ふっしゃん 鉄道写真の館、なめくじ会写真館汽車電車、風来梨のブログ、浜のポッポ屋のブログ、Haramap腹地図帖のりてつPOST、おかひめの鉄道記録、D51338の ほぼ蒸機ブログ “NO STEAM, NO LIFE!”、きはゆに資料室、その他
2026年5月22日金曜日
1974年 宗谷本線(Nゲージ)名寄駅 321レ・324レ
宗谷本線324レです。
駅舎にちょっと手を加えました。
一部屋根を手直して駅名標を付けました。
クルクルパー付きでスカートの無い夏姿のC55が軽快で良い感じです。排障器はKATOのD51用先台車から切り落として接着しています。