宗谷本線324レです。
駅舎にちょっと手を加えました。
一部屋根を手直して駅名標を付けました。
クルクルパー付きでスカートの無い夏姿のC55が軽快で良い感じです。排障器はKATOのD51用先台車から切り落として接着しています。
非電化ローカル線を中心にしたレイアウトです。名前と違って地を這うペースで工作しています。
宗谷本線324レです。
駅舎にちょっと手を加えました。
一部屋根を手直して駅名標を付けました。
クルクルパー付きでスカートの無い夏姿のC55が軽快で良い感じです。排障器はKATOのD51用先台車から切り落として接着しています。
紀勢東線のキハ58に乗ったのは1999年ですが、まるで昨日の事の様です。2001年に伊勢車両区のキハ58が引退してからもう四半世紀が経っていました。どおりで歳を取るわけです。
1992年の播但線です。客車列車置き換えの為、各地から集められた気動車は当初、ロングシート化改造のみでそのままの塗色で活躍していました。
混色は好きですがさすがに多過ぎる気がします。実物は更に七尾急行色と旧高岡色も活躍していました。
実物は1994年までに姫路色に塗り替えられましたが、1998年の播但線電化でキハ58は廃車になりました。
越美北線色キハ52と七尾線普通色のキハ58です。越美北線色のキハ52は同線へのキハ120導入に伴って1992年に越前大野から富山に移動しました。
七尾線普通色のキハ58を整備しました。塗り替えまでの間、七尾色のまま高山線で活躍した姿を再現します。最初は751の鮮明な写真を見てそれにしようと思ったのですが、塗り替え用に用意したボディが内嵌め式テールライトタイプだったので、該当する476にしました。
マスキング方法を考えた結果、青を先に塗る事にしました。マスキングの邪魔になるタイフォンとジャンパー栓受けはいったん切り落とし、後からトミックスの予備パーツを付け直す事にします。角形の屋根上水タンクは手持ち最後の1個でした。
慎重にマスキングを進めます。青はキャラクターブルーに青22号をまぜました。
白はグランプリホワイトです。塗料の濃度調整が悪く、結局何か所か修正する事になりました。
塗装が終わって楽しい組み立て作業です。
運転席下の手すりは短く削り、ワイパーの箱はトミックスの昔の白地行先シールの端を小さく切って貼りました。行先表示は高山が残っていたので、それを使います。タイフォン周りの仕上げが粗かったのですが、塗りわけは僅かな修正で済みました。
何とか完成です。今回はつや消しクリア仕上げにしてみました。
青いインレタが無いので、ATSマークとこちら側の配置区標記はありません。
3位側側面を塗り直した際に妻面がちょっと残念な仕上げになっていました。そのうち、やすりをかけて修正しようと思います。
実車の1991年に中津幡-本津幡間に撮影された画像がありました。1991年9月、七尾線電化で富山に転属しますが、1996年の高山線キハ120導入で高岡に転属、2000年まで活躍したそうです。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):代打山本onX、国電ドットコム、神のホームページ、OOMYV on flickr、Ken-K’sTrain&Book Page、J鉄局の鉄道ブログ、マックNAの雑記録、きはゆに資料室、その他
中古で入手した砂丘色キロハボディ塗り替えの国鉄色キロハです。
高山本線普通列車です。キハ48は1979年7月から美濃太田で活躍を始めました。
キハ55は徐々に首都圏色に塗り替えられ、1984年2月までに廃車になります。
キハ55の後継はキハ58でした。
写真を見るとキハ58はクーラー付きの車両が多かった様ですが、キハ48との運用は電源が無くて冷房は使用出来なかったのでしょう。
ひさしぶりにキハ8200北アルプスを出してきました。
台車と床下を塗装しておいた甲斐がありました。なかなか良い感じです。
参考にさせていただいたHP・ブログその他(敬称略): 津島軽便堂写真館、まっさん。onX、akaの鉄道最新撮影&秘蔵記録、Wikipedia、きはゆに資料室、その他