2026年7月20日月曜日

JR東海 キハ58 787・キハ28 3001(Nゲージ)

 キハ58 787

1966年5月、北海道の夏期輸送の為に池田に配置された後、同年9月には美濃太田に転属、1989年3月に伊勢に移動し、2001年9月に廃車になりました。M車です。


その後、美濃太田区に移されて25年。いまもシートを被った状態で保管してある様です。リニアにお金がかかるのでしょうが、他に保管している車両と共に、修復して保存してあげて欲しいと思います。

キハ28 3001

1968年5月に1001として千葉に配置されて房総の夏季輸送に使われた後、9月に美濃太田に転属、1978年に名古屋工場で冷房化されました。1989年から1992年まで名古屋に在籍した後、美濃太田に転属して2000年3月に廃車になりました。

末期には伊勢区に貸し出されており、1999年にキハ58 787とコンビを組んでいるところを亀山で見かけています。

前面窓のHゴムは灰色でしたが、よく見ると貫通路の窓は黒Hゴムでしたので、修正しておきました。


2026年7月17日金曜日

JR東海 キハ58 785・キハ28 2340(Nゲージ)

キハ58 785

1966年新製配置後、長く美濃太田で活躍、1989年に一瞬、伊勢にいた後、名古屋でみえ色になり、1994年12月まで活躍。その後、伊勢に移って紀勢ローカルで00年1月の廃車まで活躍しました。M車です。

ネット上で確認出来る画像は闇麺鉄道バス部様の1992年、kami@kitami様ブログの1999年のものですが、いずれもAU13クーラーキセはメッシュタイプでした。

K.L Labの”メッシュタイプ ファン彫刻付き”を使用してみました。トミックスのものより彫りが深い感じです。

キハ23 2340
1964年陸東・石巻線管理所配置、1971年に千葉に移動し、1972年郡山工場で冷房化されました。1975年3月の北総完全電化前日、”さよなら気動車50.3.9千鉄”ヘッドマークを付けた両国駅での同車の写真がよく知られていますが、そのヘッドマークは記念撮影後に外され、普通の犬吠号のヘッドマークで出発したそうです。(Railways in the UAE & the World様HP)その後、美濃太田を経て名古屋、1990年に伊勢に転属し、2000年1月廃車になりました。

プラ伸ばし棒でお手軽に千葉タイプのヘッドマークステーを付けましたが、ちょっと歪んでいます。


やっぱり気になるのでヘッドマークステイの上側の棒だけやり直しました。伊勢区で同ヘッドマークステイが付いていたキハ28は2340と2341の2両でした。




2026年7月15日水曜日

JR東海 キハ58 738・キハ28 2353(Nゲージ)

 キハ58 738

前面助手席窓上に携帯用無線アンテナ挿しがあるタイプです。

和歌山から1985年に亀山、1986年に伊勢に転じ、そのまま民営化を迎え、伊勢で2000年2月に廃車になりました。

YouTube伊賀鉄郎チャンネルを拝見していたところ、角形水タンクのキハ58が映っていました。レイルマガジンの伊勢運輸区キハ58系徹底分析!によれば、角形水タンクを付けていたのはキハ58 738に間違いありません。


キハ28 2353
上述のYouTubeに映るキハ58 738の相方のキハ28はナンバーが良く読めませんが、給水口の位置が前寄りで、前面に架線注意札が付いていますので、おそらく2353ではないかと思います。

1964年に青森に新製配置。五能線・陸東・石巻線管理区(小牛田)を1971年に美濃太田に転じ、1972年に広島工場で冷房化。その後、名古屋を経て伊勢区で2001年9月に廃車になりました。

キハ28 2353は廃車後、キハ58 787と共に美濃太田区で保管されていましたが、鉄道ファンHPによると2013年になって浜松に陸送、解体された様です。

2026年7月13日月曜日

JR東海 キハ58 734・キハ28 2458(Nゲージ)

 キハ58 734

1966年に新製配置された美濃太田で長く活躍した後、1989年に伊勢に移って2000年1月に廃車になりました。


前部のデッキ上にオリジナルの角形通風器が付いています。前面補強はされていた様ですが、運転席窓下の手すりはオリジナルタイプです。この車両は一番気に入っていました。

キハ28 2458
1966年に美濃太田に新製配置、1986年に名古屋に転属、その後、伊勢に転じて2000年1月に廃車されました。

1999年2回目に紀勢東線へいった際に新宮から熊野市まで乗ったのが、キハ58 734とキハ28 2458のペアでした。


2458はAU13クーラーがメッシュタイプです。トミックスのパーツです。

2026年7月11日土曜日

ワ12360(Nゲージ)

ワ12000です。ワ10000の増備車で長軸車輪が採用されたのが特徴です。新製時から二段リンク式で最高速度75km/hでした。

販売されている2両セットはいらないなぁ、と思っていましたが、ジャンクが1コイン(+消費税)で売られていたので、コレクション用に1両だけ仕入れてきました。ナックルカプラーが付いていたので、アーノルドカプラーに交換(復元)しています。軽くウェザリングしています。


ワム90000(右)と並べると、同じ縮尺とは思えない位、大きさが違います。

小型のワは運賃が安いので需要があったそうですが、両数が少なかったでしょうから、利用上の制約がいろいろあったのかも知れません。末期は白帯が入れられた配給車代用車が多かった様です。

参考にさせていただいたHP(敬称略):Wikipedia、モデルスImon、その他

2026年7月10日金曜日

JR東海 キハ58 733・キハ28 2345(Nゲージ)

 キハ58 733

長野から1972年に美濃太田に転じ、1986年から1992年までは名古屋、その後、美濃太田で1999年12月に廃車になりました。キハ58 3001(元714)、729と共に前部乗降デッキ上のベンチレーターが165系電車用になっていました。


国鉄乗り場HPに1992年、まだ灰色Hゴムの同車の写真がありました。Kami-kitami様のブログに紀勢東線で活躍している写真がありましたので、末期は伊勢区に貸し出されていた様です。

紀勢東線シリーズのキハ58M車は、走行安定性の為にキハ28とリード線で繋ぎ8軸集電にしていたのですが、メンテナンス性が悪いので撤去しました。

キハ28 2345

1964年に新製配置され、数か月の間に米子→新潟→千葉→七尾→米子と移動、1971年に鳥取に移り、1972年に後藤工場で冷房化、鳥取から1986年に伊勢に転属し、1999年10月の廃車まで活躍しました。


”レイルマガジン伊勢運輸区キハ58系徹底分析”の2345の写真はキャプションに「前面貫通扉にスターを増設」となっていますが、校正ミスと思われます。ワイパー取り付け部は改造していません。

参考にさせていただいたHP、ブログ(敬称略):国鉄乗り場、kami-kitamiのブログ、きはゆに資料室、その他

2026年7月8日水曜日

キハ26 303・キハ26 403(Nゲージ)

 キハ26 303

1958年に5両、1960年に10両が製造された元キロハ25です。1967年から1969年にかけて全車キハ26  300番台に格下げ改造されましたが、1973年から1975年にかけて全車キユニ26、キニ26に再改造されて姿を消しました。

文字の大きいインレタが貼ってありましたので、文字サイズが改良された後のインレタに交換します。


言われなければ分からない程度の違いです。小海線運用に着く様に車番はやっぱり303にしました。所属標記やATSマークを入れ、つや消しクリア仕上げにしました。

キハ26 403
こちらもインレタを入れ直しました。1959年から1961年にかけて61両が製造され、1967年から1969年にキハ26 400番台に格下げ改造されました。

1976年から1977年に600番台に再改造されたものやキユニ26に再改造された車両もありました。

雨樋が赤いタイプですので、千葉から山形、一ノ関に転属して1983年に廃車になった403にしました。こちらもつや消しクリア仕上げです。