2026年2月10日火曜日

1999年 小浜線(Nゲージ)小浜工臨

 DE10がチキ2両を牽いて定尺レール輸送を行う小浜工臨です。JR東海や東日本では機関車とチキを使った工臨は撤退していますが、西日本ではまだ現役の様です。

チキにKATOの後部標識板パーツを接着しました。

チキ端梁の”Ⅱ Ⅱ”の白線表示は省略しました。実物写真ではレールはもっとずっと細く、2段積み+上下組み合わせで積載されていました。

小浜線は小浜駅がレール交換の拠点になっており、向日町の京都貨物駅から湖西線・敦賀を経由で時々レール輸送が行われるそうです。

国鉄型機関車DE10がレールチキを牽引する姿はとても魅力的で、ダイヤ情報を得て沿線で追いかけるファンの方がいました。

DE10の牽引区間は敦賀-小浜間です。

京都から湖西線経由の敦賀まではDD51牽引でした。

敦賀で牽引機が交代して小浜までレールを運びます。

レール輸送があれば当然、バラスト輸送もあります。西日本ではまだホキ800が現役の様です。

トミックスのホキ800が発売されたのは1999年だそうです。一部に軟質プラを組み合わせて複雑な形態をよく再現しています。よく見るとすごい設計です。

機関車がよく見える後ろ姿がまた、なかなか良い感じでした。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):よろしおすJNR、写真は鉄で出来ている。、2nd Train、shirasagi681onX、きまぐれ鉄オタの部屋、Wikipedia、その他

2026年2月9日月曜日

1995年 小浜線(Nゲージ)セメント貨物列車

 すっかりお気に入りの小浜線色キハ58です。


1999年に見た実物がもっと明るいスカイブルーに見えた件ですが、途中で塗色が変更されたという記事は見当たらないので、多分日焼けした結果だと思って気にしない事にしました。

松尾寺駅から伸びていた日本板硝子専用線が廃止された後も1997年3月まで敦賀から松尾寺までセメント扱いの貨物列車が走っていました。

YouTubeで松尾寺駅での貴重な入換風景を見る事が出来ます。

松尾寺駅には大阪セメントのSSがありました。

雰囲気だけですが、なかなか良い感じです。

黒いセメントタキと小浜色のキハ58の組み合わせが良い感じです。

走り去って行きました。JR化後、地域色に塗られたキハ58が活躍していたのは割と最近の風景だと思ったら、もう30年近く前の事です。

参考にさせていただいた記事(敬称略):YouTube 有栖川のミニィ、歩鉄の達人、日本の鉄道貨物輸送と物流、その他

2026年2月7日土曜日

チキ7000(Nゲージ)レール緊締装置 更新

 チキ7000緊締装置を更新しました。

これまではプラH材と角棒を組み合わせた簡易(インチキ)緊締装置にレールを載せていましたが、ネットで見つけた甲府モデルの”レール緊締装置2号”というパーツがなかなか良さそうなので購入してみました。↓こちらがインチキ緊締装置です。雰囲気は悪くありません。

元のインチキ緊締装置は瞬間接着剤で取り付けていたので、ニッパー、デザインナイフと棒ヤスリを使って接着跡を削り取った後につや消し黒を軽く吹き付けておきました。3Dプリント製の緊締装置2号はガイアマルチプライマーを塗ってから茶色と黒を少量混ぜた朱色4号で塗装します。

実物は14メートル前後のチキ2両に25メートルの定尺レールを積まれていますが、模型では再現不能です。只、やはりレールが積んであった方が見た目も走行安定性もよいので、チキ7000付属のレールを取り付けています。取り外し時に塗料が一部剥げたので再塗装しました。最後に緊締装置と積荷レールにつや消しクリアを吹きます。

説明書を見るとレールを載せる金床状の台は2両の連結側の高さが若干低くなっていました。レールを連結側に寄せて接着しておきました。

遠目には更新前とあまり変わりませんが、近くで見ると緊締装置2号は良く出来た部品です。一番小さなレール抑え部品はあやうく無くしそうになりました。分かりやすい説明書で楽しく工作する事が出来ました。


2026年2月5日木曜日

1999年 小浜線(Nゲージ)

 鉄道雑誌に掲載されたキハ58の記事を見て、何度か小浜線を訪れた事があります。

沿線から見える、福井県と京都府にまたがる青葉山の姿が印象的でした。

車で早朝の小浜駅に着くとブルーのキハ58×2両編成が2本、2・3番線に停まっていてアイドリング音を響かせています。乗り込むと車内はセミクロスシートのワンマン仕様に改造されていました。

ところで東舞鶴行きの1番列車ですが、2・3番線の青いディーゼルカーではなく、敦賀始発の急行色クロスシート2両編成が1番線に到着して、ちょっと意外だった事を覚えています。

急行色のクロスシート車は急行わかさ用で間合い使用で普通列車にも使用されていました。


小浜線のキハ58はなぜか、ブルーの近郊型(セミクロスシート車・キハ53含む)は小浜鉄道部(金ハマ)、急行色の急行型(クロスシート車)は福井地域鉄道部敦賀運転派出 (金フイ)に配置されていましたが、いずれも敦賀が拠点の筈なので、いまひとつ理由が分かりません。

急行色と能登路色の車両が混結されていた事があります。

金沢総合車両所 (金サワ)から貸し出されていた様です。キハ58とキハ28がばらされて、それぞれが急行色との混色編成になっていました。


急行わかさにキハ53が連結されていた画像をネット上で見る事が出来ました。ついついキハ53を小浜色に塗り替えたくなってしまいます。

丹後のきれいな海とカラフルなディーゼルカーが印象的な、とても魅力的な小浜線でした。

参考にさせていただいたHP(敬称略):神のホームページ、kenji19720817onX、Wikipedia、その他

2026年2月3日火曜日

キハ58 421(Nゲージ)金フイ

 福井地域鉄道部敦賀運転派出に配置されていた急行わかさ用キハ58のうち唯一の400番台を選びました。

黒Hゴム仕様。車番は社外品インレタ、JRマークは純正インレタです。

屋根上水タンクは角形タイプに交換しました。

以前から在籍していた米トウのキハ28 2183、こちらは「タイプ」です。

急行わかさ用2両編成が準備出来ました。


参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):神のホームページ、馬鹿は煙と高いところが好き、その他

2026年2月1日日曜日

キハ58 小浜色(Nゲージ)2両編成

 KATO京都店特製品のキハ58小浜色です。

ジャンパー線とジャンパー栓受けはボディーとかなり違う藤色っぽい成形色だったので、キャラクターブルーで塗装しました。

実物は角型の水タンクと角型のベンチレーターですが、1両分しか在庫がないので、交換は断念しました。

1999年に小浜線でキハ58を見た事があるのですが、車体色はもう少し明るいブルーに見えました。しかしネット検索するとKATO製品と同じ色に見える画像も多くあります。どこかの時点で色が変更になったのではと思う位です。

キハ58の地域カラーの中でも結構お気に入りの小浜色です。随分前にトミックス製品の塗り替えをしましたが、当時の製品ではタイフォン周りのヒゲの部分のマスキング方法が思い浮かばずに処分した事があります。

KATO京都店特製品は非常に美しい塗装です。冷房用ジャンパー線は根元をグレーに塗ってから黒く塗り、クリア塗装しておきました。

高さ調整の難しいTNカプラーへの交換は見送りました。


2026年1月30日金曜日

1981年 土讃本線(Nゲージ)普通列車・貨物列車

 キハ47 0・1000番台を整備したので、1981年の土讃本線にやってきました。

四国のキハ47は1980年に高知へ配属されたのが最初です。

同時期に活躍していたDF50は、1980年の紀勢本線引退後、四国が最後の活躍場所になっていました。

そして1983年に引退します。

老朽化で蒸機発生装置(SG)の不具合が多発し、旅客列車は一足先に1982年までにDE10牽引に置き換えられたそうです。

旧型客車が四国から引退したのは1985年でした。


キユニ15は1981年に全廃されたので、キハ47との共演は短い期間でした。

キハ20は比較的長く1990年まで活躍しました。

参考にさせていただいたHP(敬称略):非公式JR四国ファンサイト、記憶のDF50、その他