幌内線では1975年12月まで蒸気機関車が活躍していました。
画像検索するとD51よりも9600の方が良く見られた様です。
非電化ローカル線を中心にしたレイアウトです。名前と違って地を這うペースで工作しています。
幌内線では1975年12月まで蒸気機関車が活躍していました。
画像検索するとD51よりも9600の方が良く見られた様です。
ホビーセンターカトーから発売されたキハ52 651ヤマタノオロチ塗装です。一番気になるヘッドライト周り中心に小加工しました。
ヘッドライト部分をボディーから削り取り、黄色5号と青15号でタッチアップしています。屋根板側にジャンクボディーから切り出したライトケースを取り付けました。一体成型のベンチレーターは一旦切り取り、トミックスのパーツを接着しました。
2灯シールドビームはトミックスキハ20系の付属パーツを使用しましたが、レンズがないのが難点です。
運転席窓・助手席窓、ドア窓のHゴムは1989年頃は灰色でしたが、1991年には黒になっていました。好みで黒Hゴム化後の姿にする為、マーカーで黒く塗っておきました。前面貫通路窓・側面戸袋窓のHゴムは最後まで灰色だった様です。
モーターカバーをつや消し黒とねずみ色1号で塗り分けます。シートパーツは青15号です。651番は1・2位側の半室がロングシートでしたので、そちら側の背もたれパーツを切り落としておきましたが殆ど目立ちません。アーノルドカプラーを切り落とし、古いTNカプラーとエッチングのステップパーツを付けました。
完成です。
2灯式シールドビームの良いパーツが出たら交換しようと思います。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):山男ロクヨンonX、旅客機と国鉄車両画像のページ、キサノキonX、本棚の住人の鉄道忘備録、YouTube 鉄道mellowこんなのよく残してたねTV、こめさん@レイルラボ、馬鹿は煙と高いところが好き、その他
幌内線普通列車の雰囲気です。
急行色と朱色5号、良い組み合わせです。
キハ40とキハ56の2両編成が見られた他、キハ40の代わりにキハ48が連結された姿も見られました。
万字線の画像ではキハ40とキハ56(27)を2本合わせて4両編成の画像も見られました。
最後の頃はDE10が運炭列車を牽引していた様です。
ところで今回整備したセキ3000はアーノルドカプラーをそのまま使用していますが、ケースの出し入れの際にカプラーが変な向きになってしまう事が多いです。
この時もセキ1両と車掌車1両が正面の林の裏で自然開放されていました...。
セキ3000は非常に軽く、ポイント周辺で脱線します。仮のウエイトとして古車輪を1両当り2軸積んだらまずまず改善したので、本格的に鉛板を積む予定です。
おそらく幌内線の始発駅岩見沢には室蘭本線のDD51牽引客車列車がいたと思います。
久しぶりに出してきた50系51形客車です。
やはり4両編成位が良い感じです。
脱線防止の為に補助ウエイトを積みました。
古車輪2軸を使ったテストで効果があったので、おそらくこれで充分でしょう。
大夕張鉄道とはあまりにもかけ離れているので、タイトルは小夕張鉄道にしました。大夕張鉄道はネットで調べると、1973年12月まで9600が活躍していたそうです。
国鉄払下げ車の他、C56タイプのテンダー車を持つ自社発注車等が活躍しており、現在もそのうち数両の9600が保存されているそうです。でも持ち帰って良くみると、なぜか積荷が接着剤で付けてあって積荷に接着剤がはみ出していたり、重複した車番が複数入っている謎のセットでした。
まあ安かったからいいかと思って整備します。
エアブラシでお手軽ウェザリングします。架線注意札やⅡマークは省略しました。
5076そのままと5074です。
キハ65 84
1972年に和歌山に新製配置され、1985年の急行きのくに廃止時に亀山、1986年に伊勢と移動した後、1988年から1999年10月に廃車まで、名古屋にいました。