1991年に大子から新津に移ってきた非冷房車5両(187・188・189・1129・1130)のうちの1両です。187は2009年、188は2005年に廃車になりましたが、残りの3両は2013年8月まで活躍しました。クーラーがなくて見た目はスマートな非冷房車です。廃車前には貫通扉のHゴムのみ白で運転席と助手席の窓は黒Hゴムになっていました。
飛勢線(Nゲージ・レイアウト)
非電化ローカル線を中心にしたレイアウトです。名前と違って地を這うペースで工作しています。
2026年8月19日水曜日
2026年8月18日火曜日
セキ6025(Nゲージ)セキ最終増備車
にわか石炭貨車ファンになっています。北海道のセキ3000・セキ6000には「道外禁止」の文字がないものや、帯の位置が一寸違うセキが連結されていたりします。それらが必ずしもセキ6000という訳ではなかった様ですが、。ヤフオクでセキ6000が1両で出品されており、「1Kまで」と思って入札したらそのまま落札出来ました。
品物が届くとなんとブレーキハンドルが付いていませんでした...。がっかりです。付いていて当たり前だと思って油断していました。入札する前に写真を良く見ろよという感じです。
幸い数日後、ブレーキハンドルパーツが割とリーズナブルな価格で出品され、なんとか入手する事が出来ました(当然別料金ですが...)。管理局標記や常備駅標記をシンナーで落として、失敗した部分をエアブラシと筆塗りでタッチアップし、最後はつや消しクリアを吹いておきました。
線の消し方が若干甘いですが、まずまず良い感じで出来上がりました。前回同様、積荷内に鉛板でおもりを入れてあります。
このレイアウトにはそろそろ一杯の長さです。これにて増備終了にしました。これだけ両数があると、出発や停車の際にアーノルドカプラーがガクンといって自動連結器みたいで良いなと思っています。
ブックケースの空きスペースにカッターで1両分の収容ポケットを作りました。
ちょうど13両収容出来ます。(あともう1両いけるかな...)
遠目には分かりませんが、道外禁止標記無しが1両混じっていい感じです。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):重単5175、苗穂展望台(ミスター54の記録)、鶴君の機関車観?(館?)、鉄のガラクタ箱、その他
2026年8月17日月曜日
2026年8月16日日曜日
2026年8月15日土曜日
JR東日本 キハ47 1514(Nゲージ)
2014年に復刻国鉄急行色に塗り替えられた、キハ47 1514です。それ以前は新潟色青でした。
イベントでは同じく急行色を纏っていたキハ48 523とコンビを組みましたが、普段は他のキハ47と共通運用でだった様です。最初は赤帯が太すぎるとか、運転席の赤帯はせめて1つ目のHゴム支持窓まで塗らないと...等と思っていましたが、この姿でも充分魅力的でした。
2026年8月14日金曜日
2026年8月13日木曜日
2026年8月12日水曜日
JR東日本 キハ47 518(Nゲージ)
キハ47 518、M車です。新潟色赤を初めて見た時、みんなこの色に塗り替えられるのかと思ってがっかりしましたが、一部に留まりました。新潟色青との相性は良い感じで逆に混色バリエーションが増えてそれはそれでよい感じでした。
2026年8月11日火曜日
2026年8月10日月曜日
JR東日本 キハ47 515(Nゲージ)
514同様、2007年6月に朱色5号に塗り替えられた515です。514と共に2019年12月に廃車になりました。
側面サボや注意書きステッカーを貼ってありますが、ちょっと糊が弱くて、取れてしまった車両が多くなっています。
2026年8月9日日曜日
セキ3000(Nゲージ)2両増備 架線注意札&ブレーキマーク
セキ3000を増備しました。
2両セットです。KATOのブック型ケースには元々2両分の予備スペースがあります。
12両すべてに架線注意札と側ブレーキ標記を貼りました。手を触れる場所ではないので、クリアコート仕上げはしませんでした。
側ブレーキ標記は大きなハンドルの方だけです。という事は大きいハンドルがブレーキハンドル、小さなハンドルが荷降ろしドア開閉ハンドルの様です。大きなハンドル側には妻面にも架線注意札があります。
途中、数両分、架線注意札の上下を間違えた様ですが、よく見えないので、とりあえずそのままにしています。それにどうやら小さいハンドル側の妻面にも架線注意札が要る様です。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):重単5175、蒸機時代の北海道、Wikipedia、旅メモ~旅について思うがままに考える~、あんみつ坊主の貨車の小部屋、川崎界隈貨車事情資料室、仏間鉄道、その他