2026年4月20日月曜日

キハ181系(Nゲージ)はくと/おき・くにびき・いそかぜ その2

 はくと5両セット+1です。排気口周りを中心に屋根上をエアブラシで軽くウェザリングし、プラスティック感が強いクーラーはねずみ色1号で塗ってから軽くつや消し黒を吹き付けておきました。いずれも最後はつや消しクリア仕上げです。

前面窓ガラスを割ってお釈迦にしたキハ181旧ロットの下回りと組み合わせる為に、おき用ATS-P配管無しASSYボディーを調達しました。

室内灯組み込み時の視覚的効果を狙ったのか、かなり明るい色合いのシートパーツは、ちょっと好みでないのでバラして塗装する事にします。先に導入した3両編成も一緒です。モーター車をバラすのは不安だったので、マスキングして上面だけ塗装しました。

ライト基盤は表裏がある様なので、後から確認出来る様に写真を撮っておきました。

古いロットの1両は基盤の色が違うだけでなく、シートパーツの爪の位置が微妙に異なっています。

普通車はこげ茶、グリーン車は濃いグレーで塗りました。

M車のモーターカバーは機器の隙間をブラックアウトしておきます。

先に導入したおき編成です。

増結キハ181ダブルヘッダーが再現出来る様になりました。整備が進みましたが、まだ行先シール貼りが残っています。


参考にさせていただいたHP、ブログ(敬称略):Featuring train、座席探訪陸海空のりものキャビンカタログ、その他

2026年4月11日土曜日

2001年 山陰本線(Nゲージ)国鉄型気動車

 みよし色のキハ58ですが、589番が2001年1月から2003年3月の廃車まで後藤総合車両所に配置されていました。

検査切れ車両の補充として広島から転属したそうです。

交換の特急おきが来ました。

特急おきは鳥取から小郡まで6時間半以上、くにびきは鳥取から益田まで4時間半以上、いそかぜは米子から小倉まで6時間近くかけて走っていました。山陰本線はかなり長いです。

出発して行きました。

短編成のキハ181がなかなか魅力的です。

米子以西ではキハ47とキハ58の編成画像を良く見かけます。

キハ58のクーラーが使用出来ていたのかどうかはちょっと不明です。

能登路色のキハ58は310番が検査切れ車両の補充で後藤に配属されましたが、2001年2月から2002年8月までの比較的短い期間でした。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):神のホームページ、愛称別トレインデータ館、Rail Artブログ、その他

2026年4月9日木曜日

キハ181系おき・くにびき・いそかぜ(Nゲージ)その1

 KATOキハ181系「おき・くにびき・いそかぜ」JR仕様です。Hゴムが黒になって、貫通路の窓が拡大された姿です。JRアンテナ、信号炎管、排気塔、電気連結器を取り付けました。KATOのJRアンテナは形がなかなか良いのですが、やはり少しデカい感じです。

とっておきのお気に入り、OKIRAKUリゾートヘッドマークを取り付けました。(ちょっと駄洒落です。)おそらく2000年頃から2001年7月のキハ187系置き換えまで使用されていたヘッドマークです。確か、白地のものにトミックスのシールを貼ったのだと思います。

先頭車と中間車でシートパーツの色が異なっていました。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):KATOホームページ、「あまのがわ」鉄道写真館、裏辺研究所、国鉄色祭り、Oketa-mokeiのブログ、かわゆの撮り鉄写真館,その他

2026年4月7日火曜日

キハ58 645・キハ28 2309(Nゲージ)ちどり(みよし)色

 トミックスのキハ58みよし色です。急行みよしは1985年に登場し、急行みどり等との統合を経て2002年から2007年の廃止までは広島-三次間に1日あたり4往復運転されていました。朝の上り1号は備後落合始発(備後落合-三次間普通列車)、夕方の下り6号は備後落合行き(三次-備後落合間普通列車)です。


トミックス製品はもう入手困難と思っていましたが、なんとか手に入れる事が出来ました。

いつも通りの軽加工を行います。

185系踊り子風の塗色がなかなか良い感じです。

三次-備後落合間では前面の列車種別表示が「急行」のままの場合と「普通」に切り替えられている場合と、両方あった様です。模型は「普通」にしておきました。

古い製品ですが、ATSマークと所属標記を入れるとなかなか良い感じです。


ところでこの製品、どれだけ古いかちょっと調べてみると、なんと発売は2001年12月でした。

塗装もきれいで角形のベンチレーターが搭載されており、25年前でも良く出来ているなぁと思います。但し、走りは全然ダメで、スローが効かずに走行途中ですぐに止まります。

フライホイール付き動力に交換しました。元々の赤茶色のシートパーツを流用しましたが、写真の様に一部形状が違っておりそのままでは嵌りませんでした。ニッパーで整形しておきます。(左:フライホイール付き用、右:フライホイールなし用)

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):ジオ・アーカイブ、裏辺研究所、餘部日記、kamiーkitamiのブログ、-Featuring train-、SN総合車両所のブログ、金屋代かずおのお部屋、鉄道模型趣味の備忘録、キハでGo!、HOBBY SEARCH、レイルラボ、P@NDA NO12 、Wikipedia、その他


2026年4月2日木曜日

キハ181(Nゲージ)おき 国鉄仕様復元

 KATOのJRキハ181はくと入線に伴い、タブレットキャッチャー付きのまま初期JR仕様にしていた旧製品を国鉄仕様に戻しました。


JR化に際しては乗務員ドア脇のJNRマークを消し、JRアンテナ取り付けと側面JRマーク貼り付けを行っていました。

JRマークのインレタをつまようじで削り、ユニクリーナーできれいにします。

1両はJRアンテナをゴム系接着剤で付けていたので、すぐに外せました。

JNRマーク復活にはメタルインレタを使用します。質感がなかなか良い感じです。

もう1両はボディーにJRアンテナの取り付け穴をあけていました。

その昔、ホビーセンターのワゴンセールで手に入れて保管していたキハ181とキハ180のボディーがありました。それを使うことにしました。

窓ガラスと屋根板を移植します。

ところが前面窓を外そうとして割ってしまいました。まいったな、という感じです。

結局、国鉄仕様の中古を1両入手しました。国鉄仕様でも初期型はタブレットキャッチャーがないタイプがあるので、要注意です。JNRマークはメタルインレタに交換しました。

1985年3月のイラスト入りヘッドマーク化以前の姿にしました。

もうひとつのキハ180ボディーパーツを使って、単品はまかぜ色を増結用国鉄色に変更しておきました。非常口周りの窓ガラスは特に問題ありませんでした。

完成です。

実物は1982年7月以降、普通車だけの編成になりました。
参考にさせていただいたHP.ブログ(敬称略):KATOホームページ、歴鉄2番線、裏辺研究所、故き良き感動を求めて、昭和の記憶と復活蒸気、マル鉄鉄道写真館2、ARC資料館、その他多数

2026年3月25日水曜日

1984年 予讃本線(Nゲージ)貨物列車

予讃本線のとある中間駅です。2番線で貨物列車が急行列車を退避中です。


1番線から急行いよが先発します。

出発して行きました。(後ろ側はヘッドマークを付け忘れました...。)

今度は2番線から貨物列車が出発します。

1981年に旅客列車から撤退したDF50は1983年に全廃され、四国の機関車はDE10だけになっていました。

予讃本線ではコンテナやワキ5000、ワム80000を使用した紙輸送が行われていました。現在でも伊予三島駅から分岐する大王製紙からの紙出荷が行われているそうです。

こちらは「ワキ5000 四国」で画像検索すると出てくる魅力的な列車をコピーした編成ですが、残念ながら既にXから投稿が削除されている様で、検索画面でしか見る事が出来ませんでした。

ワキ5000の走行写真は意外と少ないのですが、幹線を20両以上の長編成で駆け抜けていた列車の他にこんなローカル編成もありました。

普通列車です。四国のキハ26は1985年までに殆ど廃車になりましたが、1両だけ258番は1986年3月の廃車でした。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):Shikokugy on X、翠波鉄道管理局、SHIKOKU'S web、きはゆに資料室、その他