2026年7月27日月曜日

セキ3000(Nゲージ)10両積荷付き セット

セキ3000×10両積荷付きセットです。中古店で安めに売られているのを見つけ、1晩考えてから購入しました。純正ケース入り、説明書付き、ブレーキハンドルパーツ未使用でほぼ新品同様に見えます。

でも持ち帰って良くみると、なぜか積荷が接着剤で付けてあって積荷に接着剤がはみ出していたり、重複した車番が複数入っている謎のセットでした。


まあ安かったからいいかと思って整備します。

エアブラシでお手軽ウェザリングします。架線注意札やⅡマークは省略しました。


 5004が2両あったので、片方は5008に改番しました。使用したインレタは若干文字が大きめで、色合いもKATOの印刷より白が強くなります。
5076が3両ありましたので、1両は5073にします。4472は元々セットに入っていた番号です。

5076そのままと5074です。

4472も3両ありました。5472と4473にしました。

4899も2両ありました。1両は4895にしました。
訳がわからなくなってきたので、整理するとこうなります。
4472          5008(←5004)      
4473(←4472)  5073(←5076)
4895(←4899)  5074(←5076)
4899          5076 
5004                                      5472(←4472) 


一部の積荷に接着剤痕があったので、すべてつや消し黒を吹き付けておきました。車体内部は茶色ですが、積荷があるので省略しました。

実車は自重15トン・荷重30トン、勾配の緩い室蘭本線では最大約50両編成の運炭列車が単機牽引で走っていたそうです。模型でも30両編成位を楽しんでいる方が結構いらっしゃいました。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):Wikipedia、DISCOVER→JAPAN、山下大一on Facebook、旅メモ~旅について思うがままに考える~、重単5175、ようこそ三河高原鉄道へ、続貨車ラボ、Models Imon、北海道の初老鉄ちゃん戯れ事日記、ぎんいろ工作室、鉄のガラクタ箱、ただいま鉄道写真スキャン中、横濱模型、 しなのさかいの駅前広場、Youtubeレンタルレイアウトほぼ国鉄時代のジオラマ、その他

2026年7月26日日曜日

JR東海 キハ65 84(Nゲージ)

 キハ65 84

1972年に和歌山に新製配置され、1985年の急行きのくに廃止時に亀山、1986年に伊勢と移動した後、1988年から1999年10月に廃車まで、名古屋にいました。


Kamikitami様のブログによれば、急行のりくら廃止以前からみえ色に塗られてのりくらに使用された後、1990年3月にのりくら廃止と共に快速みえに使用されたそうです。

旧集電の相当古い快速みえセットの車両です。キハ58みえ色は2両ありますが、キハ65は1両しかありませんので、きっとジャンクで購入したのでしょう。

2026年7月25日土曜日

JR東海 キハ58 3001・キハ65 3001(Nゲージ)

 キハ58 3001

1966年に514として長野に新製配置され、1972年に美濃太田に転属。1986年に名古屋に移った後、1989年急行かすが用にアコモ改造され5000を足して5714に改番、更に1991年に5000番台強力エンジン換装車の登場で3001番に改番されました。1999年の急行かすがキハ75化の後は波動輸送用に使用され、2001年9月に廃車になっています。前部デッキ上のベンチレーターが729や733同様、165系・169系用のベンチレーターに交換されています。


一度、亀山駅で夕方の上り列車を見た事があります。模型のナンバーは印刷済みなので、今となっては文字サイズがやや気になりますが、そのままにしました。

キハ65 3001

元キハ65 508です。1970年新製。長野から美濃太田を経て1974年から名古屋配置されました。1990年にアコモ改造で5000を足して5508に、1991年に機関換装の5000番台登場により3001に改番されました。

こちらも印刷済みナンバーのままです。





2026年7月24日金曜日

JR東海 キハ58 1108・キハ28 2493(Nゲージ)

 キハ58 1108

1968年に美濃太田に新製配置後、1989年から1994年まで伊勢にいた後、美濃太田に戻り、2000年2月に廃車になりました。M車です。


1998年から1999年頃は伊勢区に貸し出されていましたが、廃車まで伊勢区で使用されたのでないかと思います。


キハ28 2493
1967年新製時に一時釧路に配置されたのち、新潟に転属、1970年に郡山工場で冷房化されて1971年に名古屋に転属しました。伊勢区で2000年1月に廃車になりました。

1998年と1999年に紀勢東線を見に行く機会がありました。キハ58 1108とキハ28 2493のコンビですが、1回目は松阪駅の側線でヒルネ中でしたが、2度目は佐奈駅から紀伊長島駅まで乗車しました。

キハ28 2353とキハ28 2493は前面架線注意札付きです。



2026年7月22日水曜日

JR東海 キハ58 797・キハ28 2367(Nゲージ)

 キハ58 797

1966年に美濃太田に新製配置後、短期間名古屋にいた後はずっと美濃太田で活躍しました。M車です。


末期の1989年に伊勢に転属した後、2000年1月に廃車になりました。

キハ58 794以降のトイレ窓が横長になったタイプです。その後、松阪駅のあら竹売店で見本の弁当の蓋に紀勢本線で活躍するキハ58 797の写真が印刷されていたので、その写真欲しさに牛肉弁当を注文しましたが、違う写真の弁当を渡されてがっかりした覚えがあります。

キハ28 2367
米子に1964年に新製配置され、1970年に後藤工場で冷房化、浜田を経て1985年に米子から名古屋に転属し、最後は伊勢区で1999年12月に廃車されました。

1999年に紀伊長島駅3番線でバカ停後、佐奈駅まで乘った列車がキハ58 797とキハ28 2367の組み合わせでした。



2026年7月20日月曜日

JR東海 キハ58 787・キハ28 3001(Nゲージ)

 キハ58 787

1966年5月、北海道の夏期輸送の為に池田に配置された後、同年9月には美濃太田に転属、1989年3月に伊勢に移動し、2001年9月に廃車になりました。M車です。


その後、美濃太田区に移されて25年。いまもシートを被った状態で保管してある様です。リニアにお金がかかるのでしょうが、他に保管している車両と共に、修復して保存してあげて欲しいと思います。

キハ28 3001

1968年5月に1001として千葉に配置されて房総の夏季輸送に使われた後、9月に美濃太田に転属、1978年に名古屋工場で冷房化されました。1989年から1992年まで名古屋に在籍した後、美濃太田に転属して2000年3月に廃車になりました。

末期には伊勢区に貸し出されており、1999年にキハ58 787とコンビを組んでいるところを亀山で見かけています。

前面窓のHゴムは灰色でしたが、よく見ると貫通路の窓は黒Hゴムでしたので、修正しておきました。


2026年7月17日金曜日

JR東海 キハ58 785・キハ28 2340(Nゲージ)

キハ58 785

1966年新製配置後、長く美濃太田で活躍、1989年に一瞬、伊勢にいた後、名古屋でみえ色になり、1994年12月まで活躍。その後、伊勢に移って紀勢ローカルで00年1月の廃車まで活躍しました。M車です。

ネット上で確認出来る画像は闇麺鉄道バス部様の1992年、kami@kitami様ブログの1999年のものですが、いずれもAU13クーラーキセはメッシュタイプでした。

K.L Labの”メッシュタイプ ファン彫刻付き”を使用してみました。トミックスのものより彫りが深い感じです。

キハ23 2340
1964年陸東・石巻線管理所配置、1971年に千葉に移動し、1972年郡山工場で冷房化されました。1975年3月の北総完全電化前日、”さよなら気動車50.3.9千鉄”ヘッドマークを付けた両国駅での同車の写真がよく知られていますが、そのヘッドマークは記念撮影後に外され、普通の犬吠号のヘッドマークで出発したそうです。(Railways in the UAE & the World様HP)その後、美濃太田を経て名古屋、1990年に伊勢に転属し、2000年1月廃車になりました。

プラ伸ばし棒でお手軽に千葉タイプのヘッドマークステーを付けましたが、ちょっと歪んでいます。


やっぱり気になるのでヘッドマークステイの上側の棒だけやり直しました。伊勢区で同ヘッドマークステイが付いていたキハ28は2340と2341の2両でした。