キハ58 734
1966年に新製配置された美濃太田で長く活躍した後、1989年に伊勢に移って2000年1月に廃車になりました。
1999年2回目に紀勢東線へいった際に新宮から熊野市まで乗ったのが、キハ58 734とキハ28 2458のペアでした。
非電化ローカル線を中心にしたレイアウトです。名前と違って地を這うペースで工作しています。
キハ58 734
1966年に新製配置された美濃太田で長く活躍した後、1989年に伊勢に移って2000年1月に廃車になりました。
1999年2回目に紀勢東線へいった際に新宮から熊野市まで乗ったのが、キハ58 734とキハ28 2458のペアでした。
ワ12000です。ワ10000の増備車で長軸車輪が採用されたのが特徴です。新製時から二段リンク式で最高速度75km/hでした。
販売されている2両セットはいらないなぁ、と思っていましたが、ジャンクが1コイン(+消費税)で売られていたので、コレクション用に1両だけ仕入れてきました。ナックルカプラーが付いていたので、アーノルドカプラーに交換(復元)しています。軽くウェザリングしています。
キハ58 733
長野から1972年に美濃太田に転じ、1986年から1992年までは名古屋、その後、美濃太田で1999年12月に廃車になりました。キハ58 3001(元714)、729と共に前部乗降デッキ上のベンチレーターが165系電車用になっていました。
1964年に新製配置され、数か月の間に米子→新潟→千葉→七尾→米子と移動、1971年に鳥取に移り、1972年に後藤工場で冷房化、鳥取から1986年に伊勢に転属し、1999年10月の廃車まで活躍しました。
参考にさせていただいたHP、ブログ(敬称略):国鉄乗り場、kami-kitamiのブログ、きはゆに資料室、その他
キハ26 303
1958年に5両、1960年に10両が製造された元キロハ25です。1967年から1969年にかけて全車キハ26 300番台に格下げ改造されましたが、1973年から1975年にかけて全車キユニ26、キニ26に再改造されて姿を消しました。
文字の大きいインレタが貼ってありましたので、文字サイズが改良された後のインレタに交換します。
JR東海キハ58が引退して25年。ちょっとデカい車番インレタを入れ直しながら、棚卸を兼ねてかるく整備しました。 昔のレイルマガジン”伊勢運輸区キハ58系徹底分析!”と”キハ58系究極解析”を参考にしました。
キハ58 597
1965年に和歌山新製配置。1985年から伊勢、亀山で活躍し、美濃太田を経て名古屋に1991年に移動してみえ色に塗装変更。1994年12月に伊勢に転じ、紀勢ローカルで1999年10月まで活躍しました。
鵜殿貨物です。DD51が重連だったのは、元々新宮から2列車に分割され、片方はそのまま紀伊佐野へ、もう片方は折り返して鵜殿に向かっていた名残りでした。1995年に紀伊佐野の貨物が廃止され、DD51のうち1両は新宮で待機する様になり、もう1両が鵜殿までの列車を牽いていました。
10年以上そのままだったのですが、2008年にやっとDD51単機牽引に変更されます。そして経路も亀山経由から伊勢鉄道経由に変更され、また一旦新宮まで行ってから折り返さずに鵜殿に直接到着する様になりました。
そして2013年紀勢東線の貨物列車は廃止になります。さよなら運転のコンテナ車を迎えにいく単機風の写真を撮ろうと思ったら、エッチングパーツのナンバープレートが1枚、欠落していました...。ちょっとしか捜しませんでしたが、早々に見つけるのを諦めました。
軽く接着していた台座のプラパーツを取り外し、予備パーツを取り付けておきます。(DD51 1182から1134になりました。米子の機関車です。)
キハ85南紀を出してきました。
新宮寄りにキロ85が連結された1992年から2001年までの編成です。