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2025年7月27日日曜日

1970年 小海線(Nゲージ)野菜輸送貨物列車

1970年(昭和45年)は今から55年前、前回の大阪万博が開催された年です。小海線からC56が引退したのはその2年後の1972年ですが、ツム1000はその後、1985年まで活躍しました。

通風車がドアを開け放して走っていたのはいつ頃まででしょうか。


コキ5500は当初10.8フィート5トンコンテナ5個積みでしたが、1972年以降、12フィート5トンコンテナ4個積みに改造されます。


当時はキロハ25から格下げされたキハ26 303が1両、中込(当初は小海線管理所)に配置され、1968年から1971年の間、小海線で活躍しました。

長野から小海線を回って長野に戻る循環急行のべやまは時計周り、急行すわは反時計周りです。

野菜輸送貨物列車は通風車だけでなく冷蔵車も使用し、駅間に積み込み所があったり非常に忙しかった様です。

機回しを省くためにプッシュプル運転も行われていました。

やがて1970年代半ばに中央自動車道が開通するとトラック輸送の時代になり、鉄道輸送は衰退して行きます。

遠くに八ヶ岳が見える小淵沢駅ですが、正直言ってポイントで止まったりする事が多く、あまり走りがスムーズでないので、駅全体を撤去してしまうかどうか、ちょっと考え中です。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):駅舎の灯、思いで鉄道探検団、お安く気軽にゆるっと16番、鉄道ホビダス、Wikipedia、きはゆに資料館、蒸気機関車の写真館 「煙にまかれて」国内現役蒸気機関車、時刻表置き場、その他

2024年6月22日土曜日

1960年代~1970年代 小海線(Nゲージ)貨物列車

 C56プッシュプル運転です。

この様な重連が見られたのは、信濃川上駅から野辺山駅までの補機を方向転換する転車台が信濃川上駅にも野辺山駅にもなく、途中の集荷所までの運転があった為らしいのですが、やはり本務機は正向きの方が運転し易かったのでしょうか。


保冷車のレ12000を数両連ねた編成も見られました。レム5000はまれにしか見られなかった様です。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):Japan & World Steam Locomotives 日本と海外の蒸気機関車の写真・ビデオ館~~世界の煙を追って、煙にまかれて~~、 

2024年6月20日木曜日

1960~1970年 小海線(Nゲージ)その1

 小海線は東京から比較的近かったせいもあって、1950年代からの記録が比較的多く残されています。断片的ながら数回に亘って、少しずつ昔の風景を再現してみます。

1950年代、小海-小淵沢間は機関車牽引の客車列車が1日3往復のみで、それと別に貨物列車に客車を連結して客扱いを行っていたそうです。1959年の画像ではダブルルーフの三等表記のついた客車も活躍していました。

気動車はキハ04が小諸-小海間で使用されていましたが、1958~59年にキハ11に置き換えられ、1960年にはキハ52も投入されました。その後、小海ー小淵沢の急勾配に備えて2エンジン車と1エンジン車の組み合わせを基本に運行されていた様です。

快速八ヶ岳高原号です。新宿から小淵沢まで岡谷行きの霧ケ峰高原号と併結で運転され、小淵沢-野辺山間がC56牽引の3両編成でした。

1968年に格下げされたキハ26 303が1両だけ中込区に配置されていました。

キハ11とキハ52の中に1両だけ急行色が混じり、しかも半室は旧1等車という、なかなか魅力的な存在でしたが、1971年には松本に転属になりました。

高原野菜輸送列車はKATO製品の様に側扉を開けて積み荷が見えている姿が普通だった様です。その中にはツムだけでなく、ワムや家畜車が混じっているものもありました。

野辺山と信濃川上の間に臨時積み込み場が設けられ、前後にバック運転のC56が連結された貨物列車がそこで積み込みを終えた後に小淵沢に向けて出発。後補機は野辺山で切り離されるという運用が記事に出ていましたが、単機、それもバック運転で走っている姿もあったりと、いろいろな運用があった様です。

1975年頃に小海線に乗った時の写真です。C56はとっくに引退した後です。もう1枚小海駅で撮ったキハ52の画像もあったのですが、どこかに行ってしまいました...。

参考にさせていただいた記事・HP(敬称略):鉄道ピクトリアル”貨物列車・その良き時代中川浩一”、思い出の車窓から、きはゆに資料室、その他

2022年8月8日月曜日

1983年 小海線(Nゲージ)

 国鉄末期の小海線です。

もう40年前の風景っぽく、フィルター処理してみましたが、ちょっといまひとつかもしれません。

最後に残っていた小諸-中込間の貨物営業は1984年に廃止になりました。

当時活躍していたのはキハ58と首都圏色のキハ52で、すべて2エンジン車でした。

中央本線の115系電車は松本運転所に1977年に配置された非冷房車です。

当時の画像を見ると、電源がないので使えないキハ58クーラー搭載車が非冷房車に混じって結構活躍していた様です。


2022年4月29日金曜日

1970年代 小海線(Nゲージ)

 いつも通り、ワンパターンの小淵原駅です。最近整備した三鷹区山スカ・山ゲタと神領区80系、そして小海線のキハ11です。

八ヶ岳を背景にDD16牽引の貨物列車です。

また何両分か、気動車のシートパーツを青15号で塗りました。

中間車専用となったKATOキハ52もあります。

トミックスからキハ55が再販されるそうです。地味な存在という気がしますが、意外と人気がある様です。

再生産品もいままで通り、雨樋に赤線が入ったタイプだそうです。

点検ピットから普段と違う角度で撮っています。

向きが違いますが、中込機関区のつもりです。

トミックスのキハ52は全般的に、なんとなく動力が好調な気がします。

もう50年も前の風景をイメージしてみました。


2021年6月10日木曜日

1970年代 小海線(Nゲージ)気動車・貨物列車

 1970年代の小海線風です。

<登場車両>                                     キハ10+52+52                                     キハ11+55+52                                  キハ10+52                                          キハ55+11                                         キハ58+65(急行八ヶ岳)                              DD16+貨車                                       DD16(逆向き)+貨車


キハ10(11)とキハ52の組み合わせが2編成連結された、子供の頃一度だけ乗った事のある編成です。

でもこのレイアウトでローカル線列車を再現するのに、4両編成はちょっと長すぎる感じです。

なので3両編成に短縮しました。

昔の小海線風ローカル列車を楽しむにはキハ52が沢山必要です。あまり活躍していなかったKATO製キハ52一般色2両を出して来ました。

1970年代に中込区に配置されていたキハ52は0番台だった筈ですが、模型はすべて100番台です。

キハ11+55+52の3両編成です。

一般色と急行色の混色、キハ11の小型車体断面と残りの2両の通常断面の差が良い感じです。

DD16が牽く貨物列車です。

小諸寄りでは割と長い編成の貨物列車も走っていた様ですが、2軸貨車2-3両とワフの組み合わせが似合っています。

こちらは2両編成のキハ10+キハ52です。

こちらのキハ52はトミックス製です。

小海線らしい2両編成です。

正面の塗り分けがちょっと違う国鉄旧急行色のキハ55です。

相棒はキハ52の方が似合っている気がしますが、一般色のキハ52がもう無いので、キハ11との2両編成にしました。

DD16が牽く貨物列車です。どちらかというとDD16もDE10も正向きの方が好きですが、逆向きもなかなか良い感じです。

急行八ヶ岳です。

急行のりくらセットからキロ28とキハ28を外して出張に来ています。


小淵原駅です。背景の山のシルエットを八ヶ岳風にしてあります。

良い感じです。