番田ー上溝間にてキハ10単行列車です。当時の相模線の橋本発の列車は16時台に茅ヶ崎行き2本、17時台に茅ヶ崎行きと原当麻行きが1本ずつ、18時台は茅ヶ崎行き2本と原当麻行き1本でした。
今はすべて茅ヶ崎行きで16時台に2本、17時台3本、18時台に3本なので、編成両数が違いますが、列車本数だけみると比べ物にならない位に増えたという訳ではなさそうです。
番田ー上溝間にてキハ10単行列車です。当時の相模線の橋本発の列車は16時台に茅ヶ崎行き2本、17時台に茅ヶ崎行きと原当麻行きが1本ずつ、18時台は茅ヶ崎行き2本と原当麻行き1本でした。
今はすべて茅ヶ崎行きで16時台に2本、17時台3本、18時台に3本なので、編成両数が違いますが、列車本数だけみると比べ物にならない位に増えたという訳ではなさそうです。
川越・八高線風103系ウグイス高運転台4両編成にスカイブルーのサハを挟んで横浜線風です。(2M3Tですが...)
”JR横浜線の昔”様のHPを拝見すると、横浜線の普通貨物列車は八王子から橋本・淵野辺まで(臨時で長津田まで)運転されていましたが、1980年には淵野辺の取り扱いが廃止になり、残った八王子-橋本間も1982年2月に廃止されたそうです。(ちなみに相模線南橋本までのセメント専貨は1996年まで走っていました。)
相模線は首都圏色発祥の地ですが、後にキハ35系に統一される以前、1980年頃までは首都圏色のキハ10、20、35がまじって活躍していました。
相模線に初めて乗ったのは1976年か77年頃でしたが、橋本駅3番線に停まっていたのは国鉄一般色のキハ10x2両編成でした。
八王子方はキハ10 49で、写真を撮っていたのですが、紛失してしまいました。
相模線のディーゼルカーは橋本側(八王子方)に幌が付いていました。
茅ヶ崎方はキハ10 13でした。
キハ10は幌の付いていない方が好みだったのですが、暑い夏の日、実物は貫通路ドア全開になっていてがっかりした覚えがあります。
ちょっとだけ懐かしの橋本駅のつもりです。
DD51が牽引する貨物列車が到着しました。南橋本行きセメント列車です。
ホームの無い側線に入りました。
1番線に横浜線の混色103系電車が到着しました。4両はちょっと短かったでしょうか。
3番線に折り返し茅ヶ崎行き気動車が到着しました。(向きが逆ですが...)
やがて最後の活躍をする八王子行きの72系電車が2番線に到着します。向かって右のテールライトレンズを途中で折ってしまったので、なんとなく点灯している様に見えます。
昭和50年代初頭の列車が勢ぞろいしました。
相模線遊び用にわざわざちょっと古めの神奈中バスを仕入れてありました。
横浜線の電車が出発すると相模線の気動車は発車時刻までアイドリング音を響かせていました。