元通り走る様になったDF50 59ですが、古いロットのオレンジ色LEDヘッドライトが気になります。
DF50四国形のASSY表を見て適合するライトユニットを入手しました。一度行方不明になり、代用品(右)を付けていたヘッドライトレンズを、後から見つけて保管していた正規パーツ(左)に戻しておきました。
整備完了です。ライトが点く前に走り出してしまうので、写真は無しです。
元通り走る様になったDF50 59ですが、古いロットのオレンジ色LEDヘッドライトが気になります。
DF50四国形のASSY表を見て適合するライトユニットを入手しました。一度行方不明になり、代用品(右)を付けていたヘッドライトレンズを、後から見つけて保管していた正規パーツ(左)に戻しておきました。
整備完了です。ライトが点く前に走り出してしまうので、写真は無しです。
KATOのDF50四国形を整備しました。四国形はいろいろ特徴がある様ですが、前面が帯板で補強されている事位しか見た目の違いが分かりません。車番は特に決め手となる理由はありませんでしたが”56”にします。
説明書を見ながら、ホイッスル、信号炎管、ナンバー、手すりの順に取り付けました。
試運転します。するするではなく、唸りながら加速する感じの重厚な走りです。
先日整備したDF50 59と重連で試運転しました。59号機は紀勢本線で活躍した機関車ですが、その後、四国に渡ったそうです。別々に走らせると若干56の方が速い気がしますが、重連運転は特に問題ありません。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):記憶のDF50、旅客機と国鉄車両画像のページ、Kano鉄道局、その他多数
KATOのDF50が動かなくなりました。少し前から不調だったのですが、パワーパックのダイヤルを捻ってもいよいよ全く動かなくなりました。ごくたまにライトがちらつく気がしますが、パワーパックのパイロットランプが点滅するのでモーターがショートしている様です。
恐る恐るばらしてみました。何とか爪等を折らずに部品も紛失せずに分解出来ました。
モーターを交換する事にします。ネットでいろいろ調べてみるとGM-5電機用が適合する様です。
手前が古いモーター、奥が新しいモーターです。フライホイールも接触端子も同型です。
新しいモーターで台車までばらしてなんとか組み直しましたが、パワーパックのスイッチを入れてもあれあれ、不動のままです。後はコンデンサー位しか理由は考えられないので、半分やけくそでニッパーで切り取ったところ、なんとか走る様になりました。ところが走るのは走るんですが、全然スピードが出ません。
電気的な知識もKATO製機関車の構造知識も乏しくて理由が分かりませんが、試しに古いモーターを使って組み立て直してみました。
すると何事もなかったかの様に好調に走る様になりました。ライト基盤の向きとか、なにか組み立て間違えをしていたのかも知れませんが理由は不明です。結果論ですが最初からコンデンサーを切り落とすだけで良かった様です。
DF50の前回の記事はこちらです。⇒DF50 59DF50と青い旧型客車の間に茶色いマニ36を連結してみました。KATOのDF50はローギヤードで、モーター音を唸らせながら快調に低速で走ります。
トミックスのマニは灰緑色に印刷された窓保護棒がなかなか良い感じです。
1970年代の紀勢本線を再現するのに欠かせないDF50です。
最後尾にスユニ50を繋げておきましたが、DF50活躍当時は茶色いスユニ60とマニ60を連結していた様です。
ネット上での評判通り、製品付属のナンバーインレタにはまったく歯が立たず使用できなかったので、レボリューションファクトリーのインレタ495を使用しました。
紀勢本線で活躍していた車番にしようと思って調べてみたところ、テールライト脇の手すりがKATO製同様に大型タイプのナンバーは23・24・49・54・57・58・59・63・64の9両でした(53は貫通扉にHゴムが無く、62は貫通路脇の手すりが大型タイプなので使用不可です)。数字を組み合わせて車番を作る気力が湧かなかったので、インレタに収録されていた”DF50 59”にしました。
屋根はエアブラシでうっすらと汚しておきました。
部品を飛ばさない様に気を付けていたのですが、モニター窓のHゴムパーツをひとつ、塗装の為に外す際に飛ばしてしまいました。無事発見した時にはほっとしました。
しかしながら、車体を組み直している際に飛ばしてしまった片側のヘッドライトレンズは見つける事が出来ませんでした。リトルジャパンのクモハ40の残りライトレンズがちょっと飛び出し気味ですがなんとか合いましたので、とりあえず嵌めてあります。
実物のDF50 59は亀山から高松に移って1983年まで活躍したそうです。画像はなんとなく土讃線っぽい雰囲気です。