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2025年8月4日月曜日

1973年~1974年 日豊本線(Nゲージ)急行日南3号

 1973年10月から1974年4月までの間走った、最後のSL牽引急行列車日南3号です。

20:40に京都を13両編成で出発した翌日、10:10到着の大分では10:23出発までの13分間に前方の寝台車3両を切り離し、牽引機がDF50に代わります。

宮崎に15:02に到着すると僅か3分間で機関車をC57に取り換え、15:05に出発です。宮崎切り離しの後方の座席車3両は、そのままホームに置き去りにしていったのでしょう。

雄岳急行日誌様の白黒写真を拝見すると塗りサッシとアルミサッシのオロ11が連結されている様に見えますが、どうでしょうか。

宮崎から都城まで7両編成の客車列車を牽いて50.0kmの区間を1時間8分で走りました。

都城着は16:13。京都を出てから19時間33分かかっています。

半年のC57牽引期間中、1973年12月26日の1日だけ、回送のC57を連結した奇跡の重連運転だったそうです。(模型は並べているだけで連結していません...。)


1974年4月から宮崎-都城間はDF50牽引に代わりました。

普通列車です。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):D51338の ほぼ蒸機ブログ “NO STEAM, NO LIFE!”、故き良き感動を求めて、雄岳急行日記、ふっしゃん鉄道写真の館、Rail・Artブログ、時刻表置き場、その他


2024年3月28日木曜日

1974年日豊本線(Nゲージ)急行日南3号

1973年10月改正から1974年4月の南宮崎電化までの間、宮崎-都城間で見られたC57牽引の急行日南3号はファンの間では有名な存在だったそうで、ネット上で貴重な写真を拝見する事が出来ます。

実物の日南3号はオロ11が「2両連結」されていたのが最大の特徴だったと思いますが、オロ11は1両しかないので模型はいつもの短縮編成です。

上の客車5両編成だと少し短か過ぎる気がするので、この列車の為に先日整備しておいたナハ11を増結しました。

急行日南3号の雰囲気はなんとか出ているでしょうか。

僅か12両しか製造されなかったC57としては異形の4次型をわざわざ乗務員室扉が撤去された姿で製品化したという事から、蒸機末期の急行日南号に対するKATO企画陣の熱い思いが伝わって来る様です。

でもKATOのC57 4次形も寝台急行日南3号セットも発売は2014年でしたので、気付くのが10年遅かった様です。当時それらを購入していたファンの方が、世の中から周回遅れのこのブログを読んで久しぶりに運転を楽しんでいただければ幸いです。

対向の貨物列車とC57同士の交換です。

ここしばらく南九州の鉄道模型旅を楽しんだので、そろそろ久しぶりに北海道の鉄道模型旅に出ようかと思います。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):KATOホームページ、故き良き感動を求めて...汽車鉄道プラスバス、D51338の ほぼ蒸機ブログ “NO STEAM, NO LIFE!”、Rail・Artブログ、G鉄グラフィティ、その他

2024年3月14日木曜日

1982年 日豊本線(Nゲージ)急荷1032レ

日豊本線の急行荷物列車に1両だけオハフ50が連結された列車を再現してみました。

実物はオハフ50の次にマニ44(スニ41)が入る様ですが、車両不足かつ編成が長過ぎるので省略しました。カラフルでバラエティ豊富な、見ていて楽しい編成です。

ED76は中古で購入したものですが、快調に走ります。

ED76 85
オハフ50 
蒸気暖房の関係で、下り1033レ、上り1032レ共にオハフ50は必ずED76の次位に連結されていたそうです。1982年11月号の時刻表を見ると、旅客営業は下り1033レの佐伯ー宮崎間で、最終列に記載されている急行荷物列車の時刻とは別に同じ列車番号で客扱い区間の時刻が記載されています。上り1032レは急行荷物列車の時刻のみ記載されていたので、旅客営業はしていなかった様です。

50系客車は片側TNカプラー化してあるのでTNカプラー/アーノルドカプラー変換アダプラーを使用しました。目立たない?様に機関車側に取り付けましたが、連結面間隔が相当広くなっています。
オハフ50 2299(磐越西線チーム?から応援)

マニ36 1980年代前半まで、北海道や九州では”本線”であっても魅力的な混合列車が走っていました。(日豊本線は厳密には客貨混合列車ではありませんが。)
マニ36 2181(元宗谷本線324レ用)

オユ10 この編成では唯一の切妻車体・クーラー搭載車です。
オユ10 2575(元根室本線442レ用)

ワキ8000 KATO製はスニ40と共通金型ですが、台車が異なっています。
ワキ8955 (この列車の為に仕入れて来ました)

スニ40 ワキ8000と共通運用だったそうです。
スニ40 29(この列車の為に導入しました)

マニ50 トミックス製はKATO製に比べて荷室ドア周りのディテールが簡素ですが、緑の保護棒印刷が良い感じです。
マニ50 2053(元々紀勢東線用だったと思います。)

 マニ44 スニ40・41と違ってこちらは側面のプレスドアが青く塗られている分、ほんの少しだけ客車っぽいです。
マニ44 2109(函館本線用に導入した車両です)

日豊本線の客車連結荷物列車は知る人ぞ知る有名な列車だった様で、ネット上で貴重な写真や記事を見て往時の様子を詳しく知ることが出来ました。Nゲージで機関車牽引の客車列車を走らせていると、なぜかジョイント音が心地よい気がします。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):北鉄★★★ on X、iso2020 on X、転轍器、G鉄グラフィティ、その他

2024年3月8日金曜日

1973~75年日豊本線(Nゲージ)C57・DF50

 蒸気機関車時代、日豊本線の南宮崎以南ではC57が活躍していました。


線路規格が低くてD51が入線出来ない為、貨物列車もC57が牽引していました。

1974年4月、日豊本線南宮崎までの電化で余剰となったDF50に置き換えられたそうです。


C57の滑らかな走りを久しぶりに楽しむことが出来ました。

参考にさせていただいたHP(敬称略):故き良き感動を求めて・・・汽車鉄道プラスバス、その他