ラベル キハ35 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル キハ35 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年6月24日水曜日

キハ30 25(Nゲージ)オデコタイフォン

 KATO キハ30T車がもう1両ありましたので、高岡から転属してきて相模線で活躍したオデコ・タイフォン付きのキハ30 35にしました。タイフォンのシャッターは後に撤去されていますが、シャッター付きの状態にしました。


トミックスのキハ40用タイフォンを使いますが、差し込み部分が段付きになっているので、車体に密着する様にピンバイスで穴をあけました。

トミックスのドア開閉ボタンインレタ残りを使用します。

ツヤ消しクリア仕様にしました。

所属標記は西ハチにします。ちなみに茅ヶ崎機関区が拠点の相模線気動車は西ハチ所属ですが、八王子に留置されていた八高線気動車は高タカ所属でした。その後、1986年に西ハチから茅ヶ崎に転属しましたが、ちょっと謎です。

タイフォン取り付け時に流し込み接着剤が結構はみ出していたのですが、つや消しクリアで目立たなくなりました。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):景図工房、My Station Odyssey 2、きはゆに資料室、その他

2026年6月17日水曜日

キハ30・35(Nゲージ)カトー 朱色5号

 カトーの首都圏色キハ30・35を棚卸ししました。

キハ35 906

模型はKATO製品そのままです。900番台のステンレス車は、1974年11月から1975年3月にかけて10両全車が千葉から高崎に転属しました。906番は”ただいま鉄道写真スキャン中"様のブログで、八王子駅構内に「小川町-八王子」のサボを付けて止まっている姿を見る事が出来ます。

906番を含む6両はJR化直前の1987年2月に廃車になりました。1987年に904番1両だけが茅ヶ崎に転じ、相模線で1995年まで活躍しました。

900番台は10両すべて1963年の登場でした。

キハ35 530

寒冷地仕様の500番台です。ベンチレーターを押し込み式に交換しています。500番台は吉田・新潟から木更津・八王子・高崎に転じましたが、1962年製の501~512番までは新潟で廃車になりました。

530番は526番と共に高崎で1997年4月まで車籍が残っていました。530番の実物に倣ってメイクアップパーツの1灯式シールドビームを付けています。500番台は前面補強のない車が多かった様です。

キハ35 162

前面補強板・1灯式シールドビーム車です。

KATOキハ35のヘッドライトは101系電車と共に、ちょっとデカ過ぎますが、それ程違和感はありません。ジャンパー線はトミックスの繋がっていないものよりKATOの方がいい感じです。

キハ30 503

前面補強板無し・押し込み式ベンチレーターです。


新潟から1984年に木更津、木更津から1988年に高崎に転属し、1998年まで車籍がありました。

1996年3月の八高線撤退後は久留里線に貸し出されていたそうです。

キハ36 48
唯一のキハ36です。新製配置は千葉で1972年に高崎に転出し、1984年に廃車になったいます。

キハ36は全車1962年製で、JR化前にすべて廃車になっていました。

キハ35 68
1964年製。成田から1974年に高崎に転じ、1996年まで活躍しました。

原型タイプの枠内にリブのあるシールドビームです。

キハ30 58
KATOの製品そのままです。M車です。

1963年製。木更津→千葉→高崎でJR化前に廃車になっていました。

参考にさせていただいたHP、ブログ(敬称略):きはゆに資料室、国鉄型車両ファイル、ただいま鉄道写真スキャン中、景図工房、遠森一郎の「ゆるっと写真雑記」、こちら上信越日本鉄道広報室、その他


2026年6月15日月曜日

キハ30・35(Nゲージ)トミックス 朱色5号

 買い込んであったトミックスのキハ35首都圏色を整備しました。

キハ30M車×1両、キハ30T車×2両、キハ35T車×2両です。手持ちのキハ20M車を使用して3両編成×2本にします。国鉄末期の相模線・八高線風でJRアンテナは無しにしました。

<1編成目>

キハ30 14

前面補強板有り・原型シールドビームです。北総電化で千葉から高崎に転じてその後長く活躍、JR化後に茅ヶ崎に移動しました。

キハ35 108

大宮から高崎を経て、JR化後は茅ヶ崎で活躍した原型シールドビーム・補強板有りです。最初は補強板無しにしようと思って調べると、八高線・相模線で補強板なしのタイプは1970年代後半にはいたようなのですが、JR化後は補強板取り付けと国電型(103系用)2灯シールドビームへ交換されたものが多かった様です。

キハ30 30

M車です。相模線で長く活躍し、JR化後の1991年に高崎に転じました。前面補強無し・原型シールドビームです。

<2編成目>

キハ30 80

前面補強付・原型シールドビームですが、朱色5号に塗られたタイプです。


美濃太田から1982年に八王子に来て1991年の廃車まで相模線で活躍しました。

キハ35 110

補強板有り・原型シールドビームです。新製配置は高崎でしたが、JR化直前の1986年に茅ヶ崎の転じ、1991年の廃車まで活躍しました。

キハ20 213

今回、M車は1両しか導入しなかったので、2編成目は昔から在籍しているキハ20を組み込みました。八王子から高崎を経て真岡に転じたナンバーです。実車は真岡駅に保存されています。


KATOのキハ35系と共に一緒に活躍させる予定です。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):景図工房、かた44たかonX、線路は続くよどこまでも、きはゆに資料室、汽車・電車1971~、70's Railway、その他

2021年12月30日木曜日

KATO キハ35 床下水タンク

KATOキハ35はTNカプラーを接着し、水タンクはトミックス165系電車に付いていたものを取り付けていたのですが未塗装でした。

ねずみ色を筆塗りしておきました。




2021年12月18日土曜日

トミックス キハ35入線

 キハ30系はKATOで満足していたのですが、1両だけトミックスのキハ35T車を購入してみました。

オレンジの部分が明る過ぎるというネット記事を読みましたが、確かに昔のエンドウのHOゲージ製品を思わせる色でした。

前方の行き先方向幕は白地のままですが、やや奥まって見えるところがキハ35らしく見えます。

ジャンパー線は黒く塗っておきました。床下差し込みタイプなのは面白いアイデアです。遠目には分かりませんが、ジャンパー線側の栓受と元の栓受が微妙にずれています。


2020年4月27日月曜日

キハ20・キハ35(Nゲージ)

キハ20とキハ35の一般色2両を整備しました。

いつも通り、屋根は排気汚れのつや消し黒と錆色を薄く吹き付けます。

床下機器と台車も、ガイアマルチプライマーの後につや消し黒と錆色を吹き付けてウェザリングします。

出来上がりました。キハ20はいつも通り、ゴムタイヤレス化しておきました。

細かく見ると雑な部分もありますが、気動車らしい雰囲気になりました。


2020年4月20日月曜日

キハ35 900番台(Nゲージ)ウェザリング

KATOのキハ35 900番台があまりピカピカなのでウェザリングしてみました。

窓ガラスパーツを外し、外吊り扉カバーから下をマスキングしてから、つや消し黒を屋根全体に吹き付けました。最後はマスキングテープを外して全体にも薄く吹き付けておきました。

KATOのキハ35には床下の水タンクが省略されているので、TOMIXキハ52に付属していた燃料タンクパーツを取り付けておきました。

表面を平らに削って取り付けておきました。

サイズがちょっと小さ目ですが、まあまあ良い感じです。

ベンチレーターを取り付けた後、窓ガラス組み込み前に最後にもう一度、薄くつや消し黒を吹いておきました。自分の中のキハ35のイメージで、行き先表示は”普通”の文字を消しておきました。
ベンチレーターは外れ易く、車体を裏返しただけで2回も床に落としてしまい、探すのが大変だったので接着しておきました。

久しぶりにKATOのキハ30系を出してきて動かしてみました。

キラキラ光っていたステンレス車体が気動車らしい煤けた雰囲気になっていい感じです。

しばらく八高線風で簡単な工作をしてみようと思います。

DD51と秩父セメントのホキ5700も登場させました。