トミックスのキハ11首都圏色に縦樋を取り付けました。
右が先日改造したキハ11 59です。やはり縦樋を付けるとキハ17系らしさが大幅に向上します。手持ちのトミックスキハ17系を少しずつ改造していますが、まだ数両が未取り付けのままです。
元のモールドを削り、0.4mm丸棒を取り付けて朱色5号を吹いた以外はトミックス製品のままです。キハ58用の「水スイ」インレタが残っていたので、車番はキハ11 18にしました。
参考にさせていただいたHP(敬称略):きはゆに資料室
トミックスのキハ11首都圏色に縦樋を取り付けました。
右が先日改造したキハ11 59です。やはり縦樋を付けるとキハ17系らしさが大幅に向上します。手持ちのトミックスキハ17系を少しずつ改造していますが、まだ数両が未取り付けのままです。
元のモールドを削り、0.4mm丸棒を取り付けて朱色5号を吹いた以外はトミックス製品のままです。キハ58用の「水スイ」インレタが残っていたので、車番はキハ11 18にしました。
参考にさせていただいたHP(敬称略):きはゆに資料室
キハ11首都圏色をHゴムトイレ窓に改造しました。
前回キハ12同様にキハ58廃車体のトイレ窓をはめ込みます。
出入口上のベンチレーターをKATOのクハ86用に交換しますが、これが最後の在庫になりました。もう80系電車の再生産はないでしょうか。
出来上がりました。
いつも通り縦樋を削り落とし、0.4mm丸棒を接着してあります。ちょっと塗装が削れてしまったのでタッチアップしておきました。
ところでキハ11 0番台のHゴムトイレ窓への変更と車番との関係がいま一つ良く分からなかったのですが、”鉄道ピクトリアルNo.980【特集】思い出のキハ17系”で長年の疑問が解決しました。キハ11 27~33、44~63がHゴムトイレ窓に変更されたそうです。
最初は手持ちのインレタでキハ11 41にしたのですが、59に変更して二俣線両幌仕様にしました。
トイレ窓をHゴムタイプに改造し、3・4位側の縦樋をプラ伸ばし棒に交換したこちらのキハ11は、鉄道ピクトリアルNo.374「10代気動車特集」に掲載されていた写真を見てキハ11 47にしていました。「キハ35・キハ45・キハ20の先頭にたつキハ1147 このキハ11が最後まで使用されていた 新ニイ 小島谷-桐原 ’79ー6-25」という写真です。
今回、製品オリジナルのままだった1・2位側の縦樋を0.4mm径プラ丸棒化しました。屋根を塗り直した際になくなっていたヘッドライトリムの赤塗りを復活させておきました。新潟のキハ17系白熱灯車はヘッドライトリムが赤く塗られていました。
ところである時、きはゆに資料室の車歴を見ていて気付いたのですが、47番は「79ー6-20廃車」になっており、新潟で最後まで残ったキハ11は57番「79ー8-21廃車」という事になります。鉄道ピクトリアルNo.980「思い出のキハ17系特集」の車歴表でもその様になっています。
という事は79-6-25に走っていたのは、キハ11 57という事になりますので、車番を変更しておきました。
但しよく考えてみると、きはゆに資料室と鉄道ピクトリアルの車歴表が必ず正しいとは限りません。遠江二俣区で80ー3-31時点でまだ走っていたキハ11 59が「80ー3-26廃車」、その時既に幌を外され休車置き場にいたキハ11 60が「80ー5-12廃車」となっていた例があり、この場合、元になった廃車データが間違っていたと考えられます。
結局、実見記録で47番と57番を間違えるのは不自然と考え、No.374の記事を尊重して47番に戻しておきました。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):きはゆに資料室、新潟の蒸気機関車、70’s Railways、My Station Odyssey 2、その他
キハ11 3です。キハ12作成時にキハ11首都圏色とコンバートした2灯式シールドビーム付き屋根です。0.4mmプラ丸棒縦樋は最近の標準仕様です。
一緒に加工したキハ17 22と合わせて遠江二俣仕様にしてあります。
”3”はおそらく旭川に新製配置された際に取り付けられていたものでしょうか、屋根上タイフォンの耐雪カバーが廃車まで残っていましたが、今回は省略しました。
画像検索するとトイレ窓は白でした。本当は表から吹き付けた方が良いと思いますが、仕上がりがちょっと不安だったので、裏からホワイトを吹き付けておきます。
出来上がりです。