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2026年6月5日金曜日

C57 192(Nゲージ)4次型 先輪交換

 C57 4次型の先台車の2軸目をプレート車輪に交換する為、待ちに待ったKATO C62北海道型ASSY発売ですが、いざ手に入ってしまうと、そのまま5か月近く経っていました。

そろそろ交換しようと思い、作業に取りかかります。

2017-2D3、ホビーセンターカトーや大手量販店ではもう売り切れていました。

先台車は取りつけたままでスポーク軸を取り外して、その後にプレート車輪をはめ込むだけです。

デフの角が45度に切り欠いてあって、キャブ出入り口のドアが外してあり、変なC57だと思っていましたが、見慣れてくるとC59に比べて細身のボイラーと長い煙突がなかなか恰好良いです。


正直言ってスポーク車輪もプレート車輪も近くでよく見なければ分かりません。

参考にさせていただいたHP(敬称略):Nゲージ蒸気機関車、オフのデスクトップ、DRFC-OB デジタル青信号、その他







2026年5月22日金曜日

1974年 宗谷本線(Nゲージ)名寄駅 321レ・324レ

 宗谷本線324レです。

駅舎にちょっと手を加えました。

一部屋根を手直して駅名標を付けました。

クルクルパー付きでスカートの無い夏姿のC55が軽快で良い感じです。排障器はKATOのD51用先台車から切り落として接着しています。


交換のC57牽引の321レが来ました。


1日一度のさいはて鈍行の交換はさぞかし壮観だった事でしょう。

324レが出発して行きました。
屋根がこの塗分けのマニ36は実物同様にキャンバス押さえを撤去し、末期は宗谷本線で活躍したマニ36 2222に改造しようかと思いましたが、実車はオハ35改造でリベットがありませんでしたので諦めました。

稚内に向けて走り去って行きました。

構内にはトラ塗り9600が停まっています。

ネット上では321レ、324レを追った貴重な写真の数々を見る事が出来ますが、特に冬場は結構過酷な条件だったんだのでしょう。

324レが出発します。

一路旭川に向かいます。

おまけです。急行天北が来ました。


キハ22普通列車です。


参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):思いで鉄道探検団、一睡の夢・国鉄末期の12年、THOSE WERE THE DAYS、YASUZIROのきままに撮影、わが国鉄時代2、その他

2025年7月16日水曜日

C5547(Nゲージ)夏姿

 宗谷本線で活躍したC5547です。大型回転式火の粉止めが付き、スノープロウを取り外していた夏姿が好みなので、D51標準型先台車を利用してそれを再現してみました。

ちなみに冬場は回転式火の粉止めのお皿(防煙板)を取り外していた様ですが、画像検索でお皿付きクルクルパーとスノープロウの両方を装備した、3月に撮られた写真を2枚程見つけました。


C55のスノープロウは下方に引っ張ると外す事が出来ます。パーツは再利用・復元可能です。


D51標準型先台車から切り出した排障器付き端梁をC55先台車にゴム系接着剤で貼り付けました。

自然な感じで取り付ける事が出来ました。自分の頭の中では何となく大型クルクルパーが帽子に見え、昔のアニメ”長靴をはいた猫”が思い出されます。

ヤフオクでクルクルパー部品を入手してからずっと温めていたアイデアがやっと実現しました。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):続・ロクイチ(EF5861)に集った仲間たち、響鉄Ⅱ、蒸気の匂った時代、日本国有鉄道研究家 blackcatの鉄道技術昔話、その他多数

2024年3月24日日曜日

C57 192(Nゲージ)KATO2023 C57 4次形

 C57 192

Nゲージの蒸気機関車には元々あまり興味がなかったものの、C11KATOリニューアル品とC57 1次形を入手して、そのディテールと走行性能の素晴らしさにすっかり感心させられました。

デフレクター先端が45度に切り取られ、乗務員室出入口があるのに扉が付いていない”変な”C57 4次形がKATOから製品化されていたのは知っていたのですが、最近、日豊本線の蒸機末期の記事をいろいろ見ているとその4次形が気になり始めていました。よく見るとC59やC61同様のデフに対して細身のボイラーがなかなか格好良いではないですか。

そんなある日、中古模型ショップでナンバープレート未使用の4次形が、ほぼ元の定価で販売されているのを見つけてしまいました。

デフレクター周りに手を加えない限り、ナンバーは192番一択の様です。ネットで画像検索すると数多くの192号機の画像を見る事が出来ます。1970年頃の実機はKATO製品同様にランボードに白線が入れられていましたが、1973年にお召し予備機として整備された際にナンバープレートとメインロッドに赤が入れられた様です。

実物同様に先台車の後ろ側をプレート車輪に変えたかったのですが、使用可能なC62先台車ASSYパーツはどこも在庫切れでした。ヤフオクに出品されるか、C62が再生産された際には真っ先に入手したいと思っています。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):Nゲージ蒸気機関車、鉄道写真~国鉄時代の写真です、東上線ブログ、響鉄Ⅱ、会津の自然と汽車、北信の田舎暮らし、新潟鉄道記Ⅱ、少し昔の鉄道写真、ただいま鉄道写真スキャン中、DRFC-OBデジタル青信号、たかちねっとのブログ2、レイルラボphoto by norikad、モーガル工場日誌、その他

参考にさせていただいているHP・ブログの実物写真の多くは自分より少し年上の方々が公開されているのだと思いますが、北から南までそのバイタリティ-と貴重な記録の数々にいつも感心しながら楽しみに拝見させていただいています。



2023年4月15日土曜日

1968年 播但線(Nゲージ)C57 97入線

 KATOのC57一次形です。世の中に遅れる事5年、2018年登場の中古品を入手しました。2021年に再生産されています。

ネット上で見た通りの素晴らしい出来栄えです。

KATO製品のプロトタイプという95号機は、実物写真を見るとオデコに絆創膏を貼った様な架線注意札の位置が気になるので、ナンバーは97番にしました。

2桁の車番に対してナンバープレートの横幅が広すぎる印象ですが、”記憶の中の鉄道HP”にある同機の1968年の画像を見ると、少し気になるものの、それほどおかしくない気もします。ただ驚いた事に”鉄道写真家岩堀春夫のblog2”の1970年の97号機の写真ではナンバープレート取り付け位置が明らかに上方に移動しています。全検や修理の際に他機の煙室扉と交換したのでしょうか。

試運転を開始したところ、レイアウト半周もしないうちに脱線してしまいした。C11の時は大丈夫だったのですが、C57には厳しい線路状態だった様です。

トンネル内のこの場所で脱線します。

こちらのジョイントの歪みが大きくて先輪と第一動輪が脱線する様です。

金属ヤスリでジョイント内側を少し削ったところ、なんとか脱線しなくなりました。手がギリギリ入るスペースしかなくて往生しました。

トンネルの先のジョイントも一箇所怪しいところがあったので、軽くヤスリをかけておきました。

単機試運転完了です。


客車は上り方先頭にオハニ36が連結されていた列車が多かった様です。

本線は何とか気持ちよく周回出来る様になりました。

これまで1両だけの在籍だった蒸気機関車、C11も登場です。

姫路ー寺前間で運転されたC11牽引列車は下りがバック運転、上りが正向きでした。

沢山の貴重な画像を拝見するとC11は皆、シールドビームで側面水タンクの揺れ止めが設置されていました。長編成の客車の前後にC11を連結したプッシュプル運転もあったそうです。

KATOのC57はディテールも走りも期待通りの素晴らしい製品でした。


参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):レイルラボ写真by鉄道のお爺さん、記憶の中の鉄道HP、機関車データベース・デゴイチよく走る!、鉄道写真家岩堀春夫blog2、G鉄グラフィティ、まロシTwitter、Nゲージ蒸気機関車、他