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2026年6月29日月曜日

1999年 紀勢東線(Nゲージ) 鵜殿貨物・特急ワイドビュー南紀

鵜殿貨物です。DD51が重連だったのは、元々新宮から2列車に分割され、片方はそのまま紀伊佐野へ、もう片方は折り返して鵜殿に向かっていた名残りでした。1995年に紀伊佐野の貨物が廃止され、DD51のうち1両は新宮で待機する様になり、もう1両が鵜殿までの列車を牽いていました。

10年以上そのままだったのですが、2008年にやっとDD51単機牽引に変更されます。そして経路も亀山経由から伊勢鉄道経由に変更され、また一旦新宮まで行ってから折り返さずに鵜殿に直接到着する様になりました。

そして2013年紀勢東線の貨物列車は廃止になります。さよなら運転のコンテナ車を迎えにいく単機風の写真を撮ろうと思ったら、エッチングパーツのナンバープレートが1枚、欠落していました...。ちょっとしか捜しませんでしたが、早々に見つけるのを諦めました。

軽く接着していた台座のプラパーツを取り外し、予備パーツを取り付けておきます。(DD51   1182から1134になりました。米子の機関車です。)

キハ85南紀を出してきました。

新宮寄りにキロ85が連結された1992年から2001年までの編成です。


いろいろ調べても、しばらくすると中間のキロハやキハの向きを忘れてしまうので、後から分かる様にマークを付けておこうかと思います。


参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):Kai-chanの鉄道旅情写真館、今も昔もレイルファン、Wikipedia、日本車両HP、その他




2026年5月21日木曜日

2000年 紀勢東線(Nゲージ)キハ58引退前

 紀勢東線のキハ58に乗ったのは1999年ですが、まるで昨日の事の様です。2001年に伊勢車両区のキハ58が引退してからもう四半世紀が経っていました。どおりで歳を取るわけです。


当時、紀勢東線ではみえ色キハ58が何両か活躍していましたが、伊勢車両区に配置されていたのは原型エンジン車だけでした。

亀山駅のイメージですが、ちょっとホームが足りません...。

キハ58の後を継いだキハ40が引退してから、早くも10年の月日が流れていました。

頭の中で大野雄二さんの小さな旅のテーマ曲が聞こえます。ご冥福をお祈りします。


参考にさせていただいたHP(敬称略):Wikipedia、きはゆに資料室、神のホームページ、その他

2023年1月20日金曜日

1992年 紀勢本線(Nゲージ)

 久しぶりに紀勢東線用の車両を出してきました。1992年、キハ85が特急南紀に投入された年です。

普通列車は2000年まで活躍した国鉄急行色のキハ58です。

またキハ40を1989年から1990年にエンジン換装した5000番台5両が活躍していました

JR東海のキハ40で屋上にAU711クーラーを搭載したのはこのグループだけで、他はすべて床下搭載型でした。

南紀向けに増備されたキハ85は3列シートの全室グリーン車キロ85が登場しましたが、2001年にはひだ用に転用されます。

2023年3月、キハ85の定期運行が終了するそうです。

パノラミック窓のキハ58は当時、1104、1107、1108の3両が活躍していました。1104と1108は1994年に美濃太田に転属、1107は1995年に廃車になりました。

1990年から1992年キハ85登場前まで、快速みえが紀伊勝浦まで1往復走っていました。細かい事ですが、伊勢鉄道経由なので亀山発着の気動車列車と幌の向きが逆でした。

もう30年も前の風景でした。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):Akiraの抜け駆け日記、きはゆに資料室、B767-281のブログ、他

2022年10月14日金曜日

1980年 参宮線(Nゲージ)キユニ26急行色

 画像検索すると出てくる、津駅でのキユニ26連結普通列車です。画像提供者の方の名前が出ているのですが、HPに行く事が出来ません。

”昭和の鉄道員”ブログを拝見させていただくと、普通列車で使用されていた伊勢のキユニ26は急行色でしたが、急行紀州に連結されていた名古屋第一のキニ26は一般色だった様です。

2022年8月12日金曜日

2012年 紀勢本線(Nゲージ)キハ40・85・鵜殿貨物

 お気に入りの混色編成です。

2013年3月に廃止された鵜殿貨物です。

紀勢道の延伸で普通列車以上に大打撃を受けていると思われる特急南紀です。

キハ11は在籍していません...。


2022年6月17日金曜日

1979年 紀勢東線(Nゲージ)特急・急行・普通・貨物列車

 特急南紀です。1978年10月新宮電化に際してくろしおと分離され、伊勢線経由で名古屋-紀伊勝浦間3往復が登場しました

その時以来、新宮-紀伊勝浦間は特急くろしおと特急南紀が両方走る様になりました。ちなみに紀伊勝浦も房州勝浦も、元々は阿波の勝占(かつうら・かつら)からの流れと言われているそうです。


1980年2月いっぱいで引退したDF50が牽引する客車列車です。


なかなか良い感じですが、最後尾はスユニ50よりもスユニ61の方が良かったかも知れません。

切通しのカーブを行きます。

急行紀州は運転区間の変遷があったり、他の急行との併結が有ったりで複雑ですが、当時は名古屋-紀伊勝浦間を伊勢線経由2往復と亀山経由1往復で走っていたそうです。模型は急行のりくら編成そのままです。

途中駅に普通列車が停まっています。

気のせいかも知れませんが、画像検索をしてみると、名古屋のキハ82は良く整備されていた印象です。

新宮から亀山まで検査の為に回送されるDD13が、DF50の次位に連結されている姿です。STEAM IN CHINA様のHPに、DF50が活躍していた当時の美しいモノクロ写真が沢山掲載されていました。編成にセメント貨車とワム80000が繋がっているのはちょっと?マークだったかも知れません。
<再編集>

2022年6月15日水曜日

1992年 紀勢本線(Nゲージ)ワム80000紙輸送列車

 トミックスのワム80000x3両+ワム380000x1両を増備して、紀勢本線紙輸送列車を再現してみました。

青いワム380000は元々、購入するつもりはなかったのですが、「紀勢本線DD51」で画像検索したところ、DD51重連牽引のトビ色のワム編成に1両だけ青いワムの混じった素敵な画像を発見してしました。”今も昔もレイルファン”さんのHPです。そこで、ひやむぎ効果?を狙って青いワムも1両だけ購入しました。

DD51x2両+ワム80000x10両+タキ5450x1両+ヨ8000x1両で拠点駅の1・2番線には何とか収容出来ますが、他の駅は有効長不足でした。

改めて画像検索してみたところ、ワム380000は1両目でした。最後尾のヨ8000とタキ5450の間にもワム80000が1両連結されていますので、ちょっと編成を手直ししてみました。(実際はワム80000が2両程足りません)

当時は鵜殿と紀伊佐野の2駅で紙輸送列車の発着があった様です。

(再編集)

2022年6月13日月曜日

2014年 紀勢本線(Nゲージ)熊野花火大会 臨時列車

 ネット上で沢山の画像や動画を見る事が出来ました。キハ40・48国鉄一般色総動員の5両編成です。

東海色キハ40・48の6両編成です。

キロ85にキハ85 1100番台を4両繋げた臨時南紀をフォートラベルHPで見る事が出来ます。(全部T車なので平坦な駅で写真を撮りました。)


2022年5月23日月曜日

2010年代 紀勢本線(Nゲージ)キハ85

 ワイドビュー南紀です。キハ85がHC85系ハイブリッドカーに置き換えられる日が迫って来ました。

ウェザリング未施工だったキハ85の屋根に軽くつや消し黒を吹きます。

いつも通り、妻面はマスキングしません。

先頭側の排気口周りは、ちょっとマスキングテープの跡が気になります。

ユニクリーナーを付けた綿棒で修正しておきました。

最近のワイドビュー南紀は閑散期には2両編成で走っているそうです。

HC85系は2022年7月から営業運転を開始。予定されている全64両はおそらく2023年の早い時期に出揃う様です。そうするとキハ85はあっという間に全車引退となるのでしょうか。


2022年5月14日土曜日

1984年~86年 紀勢本線(Nゲージ)50系客車・待合室改築

 紀勢本線50系客車列車です。

先日作った上りホーム上の待合室ですが、やはり大き過ぎて気になります。

およそ約80%位の大きさで作り直しました。

駅舎の大きさやホームの長さとバランスが取れて、まあまあ良い感じになりました。

紀勢本線亀山-新宮間での50系客車の活躍期間は短かった様ですが、画像検索すると沢山の貴重な写真を拝見する事が出来ます。

1984年に郵便輸送が廃止される前のスユニ50が連結された画像もありました。模型にはJRマークが付いていますが、ご愛嬌です。紀勢本線の50系客車は国鉄民営化前の1986年に撤退しました。