2023年5月7日日曜日

キハ55 25(Nゲージ)長ナノ

キハ55バス窓初期型を整備しました。

キハ55バス窓初期急行色ですが、この塗装、ごく僅かの例外を残して早めに姿を消した様で、活躍している姿のイメージが湧きません。いっその事、試作車や第一次量産車への改造する事も頭をよぎりましたが、それはちょっと難易度が高そうなので、前面窓周りを塗り替えて、長野に配置されていた第二次量産車の25番にしました。同車は1970年以降、敦賀、七尾を経て1975年3月か1983年1月の廃車まで長野に配置されていました。

プラ成形色がクリーム色になったロットなので、シンナーを含ませた綿棒で雨樋の赤をきれいに消す事が出来ます。

クリーム4色も赤11号と一緒に少し落ちますが、まず目立たないので問題ありません。

モンザレッドと朱色4号を混ぜてなるべく赤11号に似せた色で、すこしずつ塗って行きます。

あとは正面窓周りです。

前面窓上部、特に手すりモールド周辺で塗分け線が歪んで若干吹き込んでしまいました。

修正吹きが上手くいきました。これなら問題ありません。最後につや消しクリアを吹いておきました。1977~78年頃の写真にあった灰色貫通渡り板にします。実物はタイフォンに傘型のカバーが付いていましたが、455系電車の皿型カバーで代用します。銀河モデルの1灯式シールドビームを取り付けて完成です。

ところが西三河鉄道局様の1982年の同車の写真を見るとクリーム色の渡り板になっています。クリーム色の方が好みなので交換しておきました。架線注意札シールも取り付けておきます。

キハ55・26初期急行色を購入したものの、あまり使い道がなくて塗り替えたいと思っている方々(あまりいないか...)の参考になればと思います。

これを期にちょっと長野方面に模型旅に出ようかと思って、「気動車急行アルプス」とか検索してみると、キハ55初期急行色の記事を拝見する事が出来ました。このシリーズは1960年頃の設定で当時は信号炎管が付いていなかったとか。模型を見たらやはり付いていません。他のキハ55と位置を合わせて予備パーツを取り付けておきました。ついでに貫通渡り板は「25」の数字が目立つ灰色に戻しておきました。


参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):Railway Photo Collections since 70s、My Station  Odyssey 2、鉄道模型製作記、U Trains HP、きはゆに資料館、赤い電車は臼い線、その他
 

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