キハ65 84
1972年に和歌山に新製配置され、1985年の急行きのくに廃止時に亀山、1986年に伊勢と移動した後、1988年から1999年10月に廃車まで、名古屋にいました。
キハ65 84
1972年に和歌山に新製配置され、1985年の急行きのくに廃止時に亀山、1986年に伊勢と移動した後、1988年から1999年10月に廃車まで、名古屋にいました。
キハ58 3001
1966年に514として長野に新製配置され、1972年に美濃太田に転属。1986年に名古屋に移った後、1989年急行かすが用にアコモ改造され5000を足して5714に改番、更に1991年に5000番台強力エンジン換装車の登場で3001番に改番されました。1999年の急行かすがキハ75化の後は波動輸送用に使用され、2001年9月に廃車になっています。前部デッキ上のベンチレーターが729や733同様、165系・169系用のベンチレーターに交換されています。
キハ58 1108
1968年に美濃太田に新製配置後、1989年から1994年まで伊勢にいた後、美濃太田に戻り、2000年2月に廃車になりました。M車です。
キハ58 797
1966年に美濃太田に新製配置後、短期間名古屋にいた後はずっと美濃太田で活躍しました。M車です。
キハ58 787
1966年5月、北海道の夏期輸送の為に池田に配置された後、同年9月には美濃太田に転属、1989年3月に伊勢に移動し、2001年9月に廃車になりました。M車です。
キハ58 785
1966年新製配置後、長く美濃太田で活躍、1989年に一瞬、伊勢にいた後、名古屋でみえ色になり、1994年12月まで活躍。その後、伊勢に移って紀勢ローカルで00年1月の廃車まで活躍しました。M車です。
ネット上で確認出来る画像は闇麺鉄道バス部様の1992年、kami@kitami様ブログの1999年のものですが、いずれもAU13クーラーキセはメッシュタイプでした。キハ58 738
前面助手席窓上に携帯用無線アンテナ挿しがあるタイプです。
和歌山から1985年に亀山、1986年に伊勢に転じ、そのまま民営化を迎え、伊勢で2000年2月に廃車になりました。
YouTube伊賀鉄郎チャンネルを拝見していたところ、角形水タンクのキハ58が映っていました。レイルマガジンの伊勢運輸区キハ58系徹底分析!によれば、角形水タンクを付けていたのはキハ58 738に間違いありません。
キハ58 734
1966年に新製配置された美濃太田で長く活躍した後、1989年に伊勢に移って2000年1月に廃車になりました。
1999年2回目に紀勢東線へいった際に新宮から熊野市まで乗ったのが、キハ58 734とキハ28 2458のペアでした。
キハ58 733
長野から1972年に美濃太田に転じ、1986年から1992年までは名古屋、その後、美濃太田で1999年12月に廃車になりました。キハ58 3001(元714)、729と共に前部乗降デッキ上のベンチレーターが165系電車用になっていました。
1964年に新製配置され、数か月の間に米子→新潟→千葉→七尾→米子と移動、1971年に鳥取に移り、1972年に後藤工場で冷房化、鳥取から1986年に伊勢に転属し、1999年10月の廃車まで活躍しました。
参考にさせていただいたHP、ブログ(敬称略):国鉄乗り場、kami-kitamiのブログ、きはゆに資料室、その他
JR東海キハ58が引退して25年。ちょっとデカい車番インレタを入れ直しながら、棚卸を兼ねてかるく整備しました。 昔のレイルマガジン”伊勢運輸区キハ58系徹底分析!”と”キハ58系究極解析”を参考にしました。
キハ58 597
1965年に和歌山新製配置。1985年から伊勢、亀山で活躍し、美濃太田を経て名古屋に1991年に移動してみえ色に塗装変更。1994年12月に伊勢に転じ、紀勢ローカルで1999年10月まで活躍しました。
| みえ色キハ58のシートパーツの色を直しておきました。 |