ラベル JR東海キハ58 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル JR東海キハ58 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年7月26日日曜日

JR東海 キハ65 84(Nゲージ)

 キハ65 84

1972年に和歌山に新製配置され、1985年の急行きのくに廃止時に亀山、1986年に伊勢と移動した後、1988年から1999年10月に廃車まで、名古屋にいました。


Kamikitami様のブログによれば、急行のりくら廃止以前からみえ色に塗られてのりくらに使用された後、1990年3月にのりくら廃止と共に快速みえに使用されたそうです。

旧集電の相当古い快速みえセットの車両です。キハ58みえ色は2両ありますが、キハ65は1両しかありませんので、きっとジャンクで購入したのでしょう。

2026年7月25日土曜日

JR東海 キハ58 3001・キハ65 3001(Nゲージ)

 キハ58 3001

1966年に514として長野に新製配置され、1972年に美濃太田に転属。1986年に名古屋に移った後、1989年急行かすが用にアコモ改造され5000を足して5714に改番、更に1991年に5000番台強力エンジン換装車の登場で3001番に改番されました。1999年の急行かすがキハ75化の後は波動輸送用に使用され、2001年9月に廃車になっています。前部デッキ上のベンチレーターが729や733同様、165系・169系用のベンチレーターに交換されています。


一度、亀山駅で夕方の上り列車を見た事があります。模型のナンバーは印刷済みなので、今となっては文字サイズがやや気になりますが、そのままにしました。

キハ65 3001

元キハ65 508です。1970年新製。長野から美濃太田を経て1974年から名古屋配置されました。1990年にアコモ改造で5000を足して5508に、1991年に機関換装の5000番台登場により3001に改番されました。

こちらも印刷済みナンバーのままです。





2026年7月24日金曜日

JR東海 キハ58 1108・キハ28 2493(Nゲージ)

 キハ58 1108

1968年に美濃太田に新製配置後、1989年から1994年まで伊勢にいた後、美濃太田に戻り、2000年2月に廃車になりました。M車です。


1998年から1999年頃は伊勢区に貸し出されていましたが、廃車まで伊勢区で使用されたのでないかと思います。


キハ28 2493
1967年新製時に一時釧路に配置されたのち、新潟に転属、1970年に郡山工場で冷房化されて1971年に名古屋に転属しました。伊勢区で2000年1月に廃車になりました。

1998年と1999年に紀勢東線を見に行く機会がありました。キハ58 1108とキハ28 2493のコンビですが、1回目は松阪駅の側線でヒルネ中でしたが、2度目は佐奈駅から紀伊長島駅まで乗車しました。

キハ28 2353とキハ28 2493は前面架線注意札付きです。



2026年7月22日水曜日

JR東海 キハ58 797・キハ28 2367(Nゲージ)

 キハ58 797

1966年に美濃太田に新製配置後、短期間名古屋にいた後はずっと美濃太田で活躍しました。M車です。


末期の1989年に伊勢に転属した後、2000年1月に廃車になりました。

キハ58 794以降のトイレ窓が横長になったタイプです。その後、松阪駅のあら竹売店で見本の弁当の蓋に紀勢本線で活躍するキハ58 797の写真が印刷されていたので、その写真欲しさに牛肉弁当を注文しましたが、違う写真の弁当を渡されてがっかりした覚えがあります。

キハ28 2367
米子に1964年に新製配置され、1970年に後藤工場で冷房化、浜田を経て1985年に米子から名古屋に転属し、最後は伊勢区で1999年12月に廃車されました。

1999年に紀伊長島駅3番線でバカ停後、佐奈駅まで乘った列車がキハ58 797とキハ28 2367の組み合わせでした。



2026年7月20日月曜日

JR東海 キハ58 787・キハ28 3001(Nゲージ)

 キハ58 787

1966年5月、北海道の夏期輸送の為に池田に配置された後、同年9月には美濃太田に転属、1989年3月に伊勢に移動し、2001年9月に廃車になりました。M車です。


その後、美濃太田区に移されて25年。いまもシートを被った状態で保管してある様です。リニアにお金がかかるのでしょうが、他に保管している車両と共に、修復して保存してあげて欲しいと思います。

キハ28 3001

1968年5月に1001として千葉に配置されて房総の夏季輸送に使われた後、9月に美濃太田に転属、1978年に名古屋工場で冷房化されました。1989年から1992年まで名古屋に在籍した後、美濃太田に転属して2000年3月に廃車になりました。

末期には伊勢区に貸し出されており、1999年にキハ58 787とコンビを組んでいるところを亀山で見かけています。

前面窓のHゴムは灰色でしたが、よく見ると貫通路の窓は黒Hゴムでしたので、修正しておきました。


2026年7月17日金曜日

JR東海 キハ58 785・キハ28 2340(Nゲージ)

キハ58 785

1966年新製配置後、長く美濃太田で活躍、1989年に一瞬、伊勢にいた後、名古屋でみえ色になり、1994年12月まで活躍。その後、伊勢に移って紀勢ローカルで00年1月の廃車まで活躍しました。M車です。

ネット上で確認出来る画像は闇麺鉄道バス部様の1992年、kami@kitami様ブログの1999年のものですが、いずれもAU13クーラーキセはメッシュタイプでした。

K.L Labの”メッシュタイプ ファン彫刻付き”を使用してみました。トミックスのものより彫りが深い感じです。

キハ23 2340
1964年陸東・石巻線管理所配置、1971年に千葉に移動し、1972年郡山工場で冷房化されました。1975年3月の北総完全電化前日、”さよなら気動車50.3.9千鉄”ヘッドマークを付けた両国駅での同車の写真がよく知られていますが、そのヘッドマークは記念撮影後に外され、普通の犬吠号のヘッドマークで出発したそうです。(Railways in the UAE & the World様HP)その後、美濃太田を経て名古屋、1990年に伊勢に転属し、2000年1月廃車になりました。

プラ伸ばし棒でお手軽に千葉タイプのヘッドマークステーを付けましたが、ちょっと歪んでいます。


やっぱり気になるのでヘッドマークステイの上側の棒だけやり直しました。伊勢区で同ヘッドマークステイが付いていたキハ28は2340と2341の2両でした。




2026年7月15日水曜日

JR東海 キハ58 738・キハ28 2353(Nゲージ)

 キハ58 738

前面助手席窓上に携帯用無線アンテナ挿しがあるタイプです。

和歌山から1985年に亀山、1986年に伊勢に転じ、そのまま民営化を迎え、伊勢で2000年2月に廃車になりました。

YouTube伊賀鉄郎チャンネルを拝見していたところ、角形水タンクのキハ58が映っていました。レイルマガジンの伊勢運輸区キハ58系徹底分析!によれば、角形水タンクを付けていたのはキハ58 738に間違いありません。


キハ28 2353
上述のYouTubeに映るキハ58 738の相方のキハ28はナンバーが良く読めませんが、給水口の位置が前寄りで、前面に架線注意札が付いていますので、おそらく2353ではないかと思います。

1964年に青森に新製配置。五能線・陸東・石巻線管理区(小牛田)を1971年に美濃太田に転じ、1972年に広島工場で冷房化。その後、名古屋を経て伊勢区で2001年9月に廃車になりました。

キハ28 2353は廃車後、キハ58 787と共に美濃太田区で保管されていましたが、鉄道ファンHPによると2013年になって浜松に陸送、解体された様です。

2026年7月13日月曜日

JR東海 キハ58 734・キハ28 2458(Nゲージ)

 キハ58 734

1966年に新製配置された美濃太田で長く活躍した後、1989年に伊勢に移って2000年1月に廃車になりました。


前部のデッキ上にオリジナルの角形通風器が付いています。前面補強はされていた様ですが、運転席窓下の手すりはオリジナルタイプです。この車両は一番気に入っていました。

キハ28 2458
1966年に美濃太田に新製配置、1986年に名古屋に転属、その後、伊勢に転じて2000年1月に廃車されました。

1999年2回目に紀勢東線へいった際に新宮から熊野市まで乗ったのが、キハ58 734とキハ28 2458のペアでした。


2458はAU13クーラーがメッシュタイプです。トミックスのパーツです。

2026年7月10日金曜日

JR東海 キハ58 733・キハ28 2345(Nゲージ)

 キハ58 733

長野から1972年に美濃太田に転じ、1986年から1992年までは名古屋、その後、美濃太田で1999年12月に廃車になりました。キハ58 3001(元714)、729と共に前部乗降デッキ上のベンチレーターが165系電車用になっていました。


国鉄乗り場HPに1992年、まだ灰色Hゴムの同車の写真がありました。Kami-kitami様のブログに紀勢東線で活躍している写真がありましたので、末期は伊勢区に貸し出されていた様です。

紀勢東線シリーズのキハ58M車は、走行安定性の為にキハ28とリード線で繋ぎ8軸集電にしていたのですが、メンテナンス性が悪いので撤去しました。

キハ28 2345

1964年に新製配置され、数か月の間に米子→新潟→千葉→七尾→米子と移動、1971年に鳥取に移り、1972年に後藤工場で冷房化、鳥取から1986年に伊勢に転属し、1999年10月の廃車まで活躍しました。


”レイルマガジン伊勢運輸区キハ58系徹底分析”の2345の写真はキャプションに「前面貫通扉にスターを増設」となっていますが、校正ミスと思われます。ワイパー取り付け部は改造していません。

参考にさせていただいたHP、ブログ(敬称略):国鉄乗り場、kami-kitamiのブログ、きはゆに資料室、その他

2026年7月8日水曜日

JR東海 キハ58 713・キハ28 2323(Nゲージ)

キハ58 713
1966年に新製配置された長野から1972年に美濃太田に転属し、その後名古屋を経て、伊勢で2000年3月に廃車になりました。架線注意札が運転席窓上の手すりの下にぶら下がっているタイプです。

ワイパー基部の箱を取り付けます。

こちらのキハ58はT車なので、4連(5連)用です。


架線注意のインレタを入れ直しておきました。

キハ28 2323

1963年に和歌山に新製配置。1969年に高砂工場で冷房化。1980年に奈良、1984年に亀山、1986年から1999年10月に廃車されるまで、伊勢にいました。

ちなみにキハ28が2356まではバランサー点検蓋がなかったそうです。

参考にさせていただいたHP(敬称略):神のホームページ、kami-kitamiのブログ、きはゆに資料室、名松線の旅、その他



2026年7月6日月曜日

JR東海 キハ58 597(Nゲージ)

JR東海キハ58が引退して25年。ちょっとデカい車番インレタを入れ直しながら、棚卸を兼ねてかるく整備しました。 昔のレイルマガジン”伊勢運輸区キハ58系徹底分析!”と”キハ58系究極解析”を参考にしました。

キハ58 597

1965年に和歌山新製配置。1985年から伊勢、亀山で活躍し、美濃太田を経て名古屋に1991年に移動してみえ色に塗装変更。1994年12月に伊勢に転じ、紀勢ローカルで1999年10月まで活躍しました。


引退が近い1990年代後半、紀勢東線でキハ28とのコンビで活躍しました。キハ28は急行色だけなので必ず混色編成になっていましたが、シンプルな塗装のみえ色と急行色の組み合わせは結構好きでした。

2020年8月9日日曜日

トミックスキハ58 M車・T車リード線接続 その③

M車とT車をジャンパー線で繋ぐ事で、快適な走りが実現したので、量産化!する事にしました。

トミックスT車のステンレス製集電板とリード線を繋ぐ為に秋葉原でステンレス用ハンダとフラックスを仕入れてきたついでに、配線用カプラーも購入して来ました。

カプラーはちょっと大きめですが、キハ58のドア無し貫通路は楽々通ります。

絶縁の為に熱収縮チューブを取り付けます。

こちらは前回の試作車と同じタイプです。

そして新しいタイプです。でもなんだが、通電用カプラーが大きくて邪魔な気がして来ました。TNカプラーの連結力よりも、通電カプラー自体と前後のリードの抵抗力の方が強く感じられます。

そこでカプラー接続はやめて、ハンダ直付けにしました。特にペアーを組み替えなければ、こちらの方がシンプルでTNカプラーの負担も軽そうなので、途中解結(リード線だけで繋がっている)や脱線の心配もなさそうです。

半田ごてでボディーを溶かさない様にだけ気を付けて、こちらの工法で行く事にしました。
みえ色キハ58のシートパーツの色を直しておきました。

車両ケースは2両連結したまま収納出来る様にしました。持ち運ぶ事は基本的にないので、特に問題なさそうです。

快適な走行です。電車も少しずつ、MとM'をジャンパー線で繋いてみようと思います。

快適な走行です。

電気機関車やディーゼル機関車の重連にもジャンパー線をつけたい位ですが、カーブやポイントを問題なく通過させる為にリード線に遊びを設けるのが、ちょっと難しそうです。

右向きと左向きのポイントが連続する一番の難所も無事通過しました。