1989年の木次線です。ほんのちょっとだけ備後落合駅の雰囲気です。
木次線では1966年に木次機関区へ新製配置されたキハ52の138~140の3両と1967年に千葉から米子に転属して来たキハ53の6~7、簡易荷物車のキハ52 601と602が長く活躍していました。
1983年に事故廃車になったキハ53 6の補充として盛岡からキハ52 128が盛岡から米子に転属して来ましたが、その前年の1982年まで小牛田で急行いなわしろに使用される為に国鉄一般色のままだった同車が1999年に廃車されるまで後藤工場がその塗色を維持していたのは有名な話です。クリーム色4号はキハ58で使われていましたが、朱色4号はわざわざ128の為に用意したのでしょう。
当時、備後落合-出雲横田間はキハ52またがキハ53単行でしたが、出雲横田-宍道間では増結用にキハ40が使用されていた様です。
1967年の改造から長く活躍していたキハ52 601(元4)とキハ52 602(元7)はエンジンが縦型DMH17だった為か比較的早く1984年に廃車される事になり、その代替としてキハ53 1と2が七尾から米子に転属してきました。
朱色5号と国鉄一般色の組み合わせがとても魅力的です。ちなみに木次線から蒸気機関車が引退したのは1969年、キハ07が引退したのは1970年でしたが、細かい事はいまひとつ良く分かりません。
陰陽連絡急行として1966年から活躍し、グリーン車連結や夜行列車も運転されていた急行ちどりは最後は2両編成でした。1990年には木次線から撤退して広島-備後落合間の芸備線線内運転になります。
参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):線路は続く、国鉄色祭り、あばさんonX、入間郡onX、きはゆに資料室、Red'sPrincess Journy、その他多数
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