2026年6月19日金曜日

1981年 八高線 (Nゲージ)貨物列車・ディーゼルカー

 1980年代前半の八高線です。


秩父鉄道武甲駅(武甲線1984年廃止)からの砕石と武州原谷駅からのセメントが寄居駅から、奥多摩工業専用線(1984年廃止)の砕石(主に成田空港向け)が箱根ヶ崎駅から、そして日本セメント専用線への石灰石到着とセメント出荷がある高麗川駅、そして秩父セメントのSSがある小宮駅を拠点に貨物列車が運転されていました。

一部の貨物列車は車掌車の連結が省略されていた様です。

セメント輸送や砕石輸送が中心でしたが、それ以外の貨物もあった様で雑多な貨車が繋がれた貨物列車も見られました。


気動車は元々キハ17とキハ35がいましたが、千葉方面の電化でキハ35が順次転入して、1975年にキハ17はいなくなっています。またキハ35寒地向け500番台は、越後線電化で余剰になった1984年に転入して来ました。

その他、足尾線と共通運用だったキハ20が1990年まで活躍しています。

荒川橋りょう風です。

八高線は20‰の勾配がある為、DD51重連が走っていました。意外と短編成の貨物列車でもみられました。

DC列車と交換します。

高麗川以南ではDD51とDE10の重連も走っていました。高麗川まで奥多摩工業のホキ4200が入線していた様ですが、模型は積荷カバー付きのホキ34200(奥多摩-水江町専用)で代用です。(但し、八王子貨車区で検修を受けたホキ34200が拝島経由で奥多摩に回送される事があった様です。)

キハ40 2000番台は主に足尾線用だったと思いますが、1980年に高崎へ新製配置されました。

キハ35ばかりの中にキハ40が来たら、空いている時だったらラッキーだったでしょう。

魅力的な貨物列車が沢山走っていた八高線でした。


ちなみに以前、黄緑6号のヨ5000を整備した際に、Xで寄居駅停車中のDD51がワフと黄緑のヨを連結した画像がありました。

こんな感じで結構カラフルな姿で走っていたかも知れません。

参考にさせていただいたHP・ブログ(敬称略):ジオアーカイブスbyデゴイチよく走る!、KLBみけねこのブログ、景図工房、ERWの鉄道ブログ、歩鉄の達人、ジョージ渋沢のブログ、つねぴょんの撮り鉄人生、マル鉄鉄道写真館2、アナログからデジタルへ、荒野の素浪人の徒然日記、LOCO PHOTOⅡ、さかはんonX、心に残る鉄道情景、急行越前鉄の話、レイルマガジン・バックナンバー記事、その他

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